くか、と間抜けな鼻息が聞こえて、俺は参考書から顔を上げた。

隣の席を見ると、聡が机に突っ伏し、口を半開きにして寝ている。

酔生夢死の顛末

「――」

こんなところで寝るな、と起こそうとして、少しだけ考えた。

夕焼けに照らされて独特の陰影がついた寝顔は、いつもの何割増しかで平和そのものだ。

騒音公害が人間の皮を被ったようなやつなのに、こうして寝てしまうと、あまりに静かで。

寝ているほうが世界の迷惑にならないような気がする。

そもそも今は放課後で、授業中というわけでもないのだ。寝ていてまずいということもない。

「――」

起きていると凝視しているわけにもいかないから、今のうちにじっくり見ておくのもいいか。

別に見ても楽しいわけじゃないが。

楽しいわけじゃないが、飽きないし。

楽しいわけじゃないが、見るの好きだし。

「――」

――いや、あくまで見るのが好きなんであって。深い意味とかは。

「んひゅ」

半開きの口がもごもご動いて、楽しい夢でも見ているのか、だらしなく笑み崩れた。

阿呆だぞ。百年の恋も冷めるぞ。――だからって別に、俺が冷めると言っているわけじゃないけどな。

俺は別に冷めないがな。でも気を遣え。

「――」

上半身を伸ばして、緩んだくちびるを軽く噛んだ。ちろりと舐めて、からだを戻す。

参考書はあと少しで目標のページに辿りつく。終わったら起こせば、それで。

「――っ?」

背筋に悪寒が走って、俺は再び隣の席を見た。

「――」

「――」

音が聞こえそうなほどににやにやとやに崩れた顔の聡が、机に突っ伏したまま俺を見ていた。

指がくちびるをなぞり、舌が覗いて確かめるように舐める。

「――」

凝固する俺の前で、聡はゆっくりとからだを起こした。

人間を罠に嵌めることに成功した悪魔の顔で、にたにたにたにた笑って。

「ごちそうさま」

「――っっ!!」

思わず裏拳が飛んだ。