「ふぅん……。そろそろ、もみじ狩りに良い季節だな」

縁側に立ち、俺たちの住み処である六所神社から、街を挟んで対にそびえる山を眺めてつぶやく。

もみじ狩り

傍らでお手玉に興じていた十六夜が手を止め、そんな俺を見つめた。

「もみじがり?」

不思議そうな声音だ。

十六夜が、正確にはいつの時代に起きていて、いつの時代に『昼寝』を始めたのかはわからないのだが――つまり、『もみじ狩り』が耳馴染む時代には、寝ていたのだな。

「もみじ狩りというのはな」

しかにくを狩りにいくってことよ」

「(´v`)」

説明しようとした俺の言葉を奪い、いっしょにお手玉に興じていた狛どもが、十六夜の膝に乗り出す。

「……しかにくもみじ??」

「しかにくのことを、『もみじ』っていうのよ。ほら、あっちに見える御山。あそこに行って、鹿を狩るの」

「(゜▽゜)」

「へえ………。そうなんだぁ!」

狛どもの説明に、十六夜は瞳を輝かせて頷いた。

どれほど麗しくても本性はキツネだ。狩りは本能が好くのだろう。

そこへ奥の部屋にいた蝕が出てきて、狛どもと十六夜、そして山を見た。

「なんだ鹿曜寺のに喧嘩を売りに行くのか?」

「ろくようじ、の?」

再び、十六夜は不思議そうな声を上げる。

蝕のほうも、言葉を探してわずかに首を傾げた。

「あの山の主だ。そうだな、鹿曜寺というのは、ちょっと前に仏門に下ってからの通り名ゆえ、そなたはわからぬかの」

「ぶつもん?」

おそらく十六夜には、神とか仏とかの区別はつかないだろう。

この神社の祀神である蝕にしたところでわかっていないのだから、なおさらだ。

鹿曜寺の大主は蝕とは比べものにならない出来た御方だが、あの方ですら、自分がどういう状態を選択したのか自覚しておられない。

蝕とも俺とも、ふつうに遣り取りする。

「大鹿の神だ。覚えておらぬか脚自慢の旱だ」

「ひでり………?」

十六夜は首を傾げ、しっぽを忙しなく揺らす。

しばらくそうして考えて、結局首を横に振った。

「覚えてない」

覚えていることのほうが少ない十六夜が覚えていたら、それはそれでアレだ。

蝕も大して期待はしていなかったらしい。落胆も憤慨もしない。

――と、いうか。もう、そろそろ。

「で、鹿曜寺のに喧嘩を売りにいくのか、朔よあそこの鹿を狩れば、もれなく喧嘩になるとわかっておろう?」

「ケンカするの?ケンカはだめだよ、朔!!」

「でも十六夜、しかにくは精がつくっていうわよ」

「(-_-)」

「精が……?じゃあ、ぷぎゃっ?!!」

即座に立ち上がろうとした十六夜のしっぽを掴む。

実にかわいらしい悲鳴を上げて、十六夜は縁側にへたり込んだ。

俺はしっぽを掴んだまま、突然の暴挙に目を見張る三匹を睨みつける。

「貴様ら全員正座しろ正座して反省し、鹿曜寺の大主に向かって頭を下げろ!!」

「きゃうきゃうきゃうきゃぅうんっっっ!!」

山を指差して怒鳴りつけた俺の声に、十六夜の悲鳴が重なる。

涙目で呼吸も荒くもがいているのだが、主の俺に抗しきれずにいるのが、実に愛らしい。

「いや、朔?」

「ごめんなさい、旱さま!」

「m(__)m」

わけがわからない顔のままの蝕と違い、自覚して悪戯をしていた狛どもは素直に正座し、山に向かって頭を下げた。

「んん?」

「ひぁううう、朔さくさぁくぅうう~っっ!しっぽしっぽしっぽぉおおおお!!」

「………朔よ、とりあえず………」

皆まで言われる前に、しっぽから手を放す。

十六夜は息も絶え絶えの状態で、縁側に倒れ伏した。

いい嬌声だった。銀鈴かき鳴らすがごとしだ。

「ひ……ひよひよひよひよ」

「あー………ぴよったわ………」

「(((゜△゜)))」

「程よく記憶が飛んだろう」

憐れむように身を寄せ合う狛どもを、もう一度睨みつける。

それから、目を回しても愛らしい十六夜の顔を両手で挟んで持ち上げた。

くるくる回る瞳を、しっかりと力を込めて見据える。

「良いか、十六夜、主の言葉を聴けもみじ狩りというのはな、美しく紅葉した木々を愛でに行くことだみんなで楽しくお散歩秋バージョンだわかったか?!」

「ぴよ」

「……………キツネだろう、こなた」

少しやり過ぎたかしかしこういうのもかわいらしいな。

「なんだ紅葉狩りの話をしておったのか」

ようやく合点がいったふうな蝕を睨み上げる。

「わかったら貴様も大主に頭を下げろ。俺のことでは散々、世話になっているだろうが!」

「おもに子守りとか子守りとか」

「(´v`)」

睨みつけていると、蝕は仕方なさげに肩を竦め、山へ向かって片手を上げた。

「他意はない」

「貴様がそんなだから、貸しを作ることになるんだ!!」

「おもに子育てとか子育てとか」

「(´▽`)」

ぴよっていた十六夜が、はっと我を取り戻す。

身を起こしてきょときょとと辺りを見渡してから、無邪気な瞳で俺を見つめた。

「みんなでお散歩なら、おべんとつくる?」

「ああ、いや」

瞳がきらきらしている。十六夜は「弁当」が殊の外お気に入りだ。

しかし、もみじ狩りの場合。

「最近はずっと、鹿曜寺に遊びに行って、そこから御山を眺めているのよ」

「(^o^)」

ちょっとは反省しただろう狛どもが、山を指差して愉しそうに話す。

十六夜がますます瞳を輝かせた。

「へえ、ひでり、さんが、ごはん用意してくれるんだどんなの?」

「…それは」

俺は思い返してみた。

山の中腹、鹿曜寺。

俺の育て親のひとりである彼女の馳走はいつでも、ロクデナシの養い親に不遇をかこっている俺が立派に育つように、精がつくようにと、気合いを入れた、

「しかにくのバーベキューだ」