苦離巣魔酢
腰布を巻きつけただけの、筋骨隆々としたまちょな馬頭と牛頭の男が、鼻息も荒く立ち塞がる。
その頭には、赤と白の鮮やかな色合いの三角帽。
唐突に、二匹の背後から紙吹雪が飛び出した。
「「くり」」
「よし、苦しめ!!」
「ひひひひひんっっ?!!」
「ふもぉおおおおっっ?!!」
皆まで言わせることなく、俺は二匹へと飛び蹴りを放った。
普通なら、子供の俺に吹き飛ばせる体格ではない。だが、奴らは霊力の効く相手、地獄の門番たる馬頭と牛頭だ。
俺の蹴りによって、廊下の端へと派手に吹っ飛んで行った。
「ひとん家に無断で侵入したうえ、紙くずなんざ撒き散らしやがって、このロクデナシどもがっ!!」
「ああん、まさか出会い頭からこの扱い!」
「ふもぉおお、容赦のなさに磨きがかかっていく!!」
廊下に転がったまま、震え上がっている二匹の前に行き、頭から落ちた三角帽をぐしゃりと踏みつけた。
「それで今度はなにを始めた。苦離巣魔酢謝恩特価セールか、それとも」
目を据わらせて訊く俺の前で、懲りることを知らない馬頭と牛頭が立ち上がる。
そして唐突に、二匹の背後から大量の紙吹雪――
「「くり」」
「十分に苦しめ、この駄馬駄牛!!来たれ、ぬり壁!!」
「ひひひひひんっっっ?!!」
「ふもぉおおおおっっっ!!」
轟音とともに、宙からぬり壁が降って来ると、馬頭と牛頭を容赦なく押し潰した。
いかなまちょ男といえ、ぬり壁は重い。
「ひ、ひひんっ、し、しむっっ、しむわっ、まぢでっっ」
「ふ、ふもぉっ、なな、内腑がはみ出っ」
「反省のない奴らめ。いいか!」
「えええええ?!!」
その状態で説教を始めようとしたところで、背後から愛らしくも哀れな悲鳴が上がった。
「さ、さっきおそぉじしたばっかりなのに、もうごみだらけ………?!!」
「十六夜……」
おそらく、轟音に誘われて出てきたのだろう。廊下に舞い散る紙吹雪の名残に、目を丸くしている。
いつもは元気よくぴんと立っている耳がへちゃりと寝ていき、ふわふわと跳ねているしっぽは、心もち毛づやさえ落ちて垂れ下がる。
「………貴様ら」
「や、やばいわっ!六所のちびこいのが、まぢ怒りよっ!」
「ま、まづいぞっ!六所のちびこいのが、本気で怒ろうものならっ」
「ちびこいの言うなあっ!!」
「ひびぃいいいっ」
「ぶもぉおおおおっ」
俺は叫びとともにぬり壁の上に飛び乗り、断末魔の絶叫が境内を揺るがした。
***
「よし、次は本殿のすす払いだ」
「ひ、ひひぃいん………っ」
「んもぉお………っ」
命じると、まちょ男二匹は息も絶え絶えな返事を寄越した。
二匹は現在、そもそも腰布しかつけていない視覚の凶器の体を、今は十六夜が親切で出してきた、ふりふりレースのエプロンで包み、頭には三角帽改め三角巾で覆っている。
見る角度によってはまちょ男の裸エプロン完成で、視覚の凶器を通り越して抹殺兵器だ。
その状態で、二匹は神社の隅から隅まで、掃除して回っていた。
祀神はロクデナシだが、棲み処は広い。
「考えてみれば、年の瀬に貴様らが来るとは好都合なこともあったものだ。どれだけタダ働きさせても、まったくこれっぽっちも心が痛まん」
「すごいよねえ、うまにくのひととうしにくのひと……おうちぴかぴかになるねー」
傍らの十六夜が、無邪気に弾む声で言う。
「「どうしても食肉認定!!」」
いつ食われるか、気が気でないのだろう。馬頭と牛頭は震え上がって叫ぶ。
最初の刷り込みとは恐ろしいものだ。
こんな変態ども、まったく食いたい気はしないがとりあえず。
「食卓に並びたくなければ、きりきり働け」
「ひひひんっ」
「ふもぉおおっ」
二匹は悲鳴を上げ、すす払い用のハタキを構え直す。
「ねえこれって、当初の予定と違わないかしらっぶほっほ」
「いや、清めも仕事と言えば仕事ゆえな、予定通りと言えば予定通りっほげほっ」
すす払いしながらしゃべるな。
咳きこむ二匹の会話に、俺は首を傾げた。
「そういえば貴様ら、なんのために涌いて出た?」
苦離巣魔酢謝恩特価セールの中身も訊いていなかった。どうせまた俺の仕事が増えるだけなのだが、覚悟があるとないとでは、まったく違う。
訊いた俺に、二匹は地獄の門番らしい恰好を決めた。
ふりふりレースの裸エプロンもどきで、しかも手に持っているのは金棒ではなくハタキなのだがな!
「「今年一年、お世話になった六所のちっこいのに、苦離巣魔酢ぷれぜんととして、仕事のお手伝いに来ました!!」」
「…」
きょとんとした。
その俺に、馬頭と牛頭は肩を竦める。
「一年間、いろいろやったもの。たまにはご恩に報いて来なさいって、えんまちゃんに言われたの」
「ちびっこなのに六所のはよくやっていると、えんまちゃんも仰せでな。それで、我らを遣わされた」
「貴様ら………」
ちびっこ言うな。あとえんまちゃん言うな。アレでコレでソレでも、地獄の大王だ。
………………まったくもって……………。
俺はにっこりと笑った。
「そういうことなら、遠慮なく使えるな!天井のすす払いが終わったら、裏庭の手入れと、境内の落ち葉を払って、」
「ちょ、遠慮?!遠慮してたの、ちびっこ?!」
「言葉は正しく使え、ちびっこ!!」
俺はにっこり笑顔のまま、足を踏み鳴らした。
「ちびっこ言うな!!」
傍らの十六夜がやわらかな笑みを浮かべて、俺の頭を撫でる。
「おうちぴかぴかになるね、朔。よかったね」
ええい、子供扱いもやめろ!
そうは思っても手を振り払えない俺に、十六夜ははたと気がついた顔になった。
「そうだ!ついでにご近所さんに溜まってる、ご不浄さんたちもきれいにしてもらおうよ!あと……」
まちょ男の断末魔の悲鳴が轟き渡った。