空は曇り。

今年も天の川は、隠れたまま。

おねがいおねがいした?

「待て十六夜」

吾は縁側に立つ十六夜の首根っこを掴む。

油断も隙もない。幾つになっても天然無邪気っこめ。

「え、蝕?」

きょとんと見上げてくる十六夜に、吾は渋面で首を振る。

「一応訊くが、なにをしようとしていた?」

「雲、追い払おうと思ってた」

「うむよし。予想に違わぬ」

というわけで、梅雨のぽっきーあおかびちーず風ジェノサイド味は吾のものだ。とりあえず賭けておいてよかった。

吾は十六夜の首根っこを掴んだまま、ずるずる引っ張って、座敷に入る。

「蝕?」

「天気に関与してはならぬと、あれほど言うたであろうが。なにを聞いている」

座らせて、その向かいに胡坐を掻いて言うと、十六夜はぴるぴると耳を震わせた。

「でも朔が、たなばたに天の川見てみたいって言うから」

「よし、十六夜。その会話をもう少し忠実に再現してみよ」

「ちゅうじつに?」

十六夜は首を傾げる。ぴるぴると耳を震わせ、ぱったんぱったんとしっぽが畳を叩いた。

「んーっと………俺が、『おほしさま見たい?』って訊いたら、朔が『見てみたいな』って」

「うむよし、予想通りだ」

そういうわけで、梅雨限定こあらのまーちたすまにあでびるばーじょんは吾のものだ。うむ、すかさず賭けておいてよかった。

「十六夜、見たいかと訊かれたら、余程のへそ曲がりでもない限り、見たいと答えるじゃろう。そなたのは誘導尋問と言うて、朔の望みを引き出したわけではない」

「ゆーどー………じんもん?」

まあわからぬよな。わかっていたが。

「とにかく、朔の望みではない。雲を払う必要はない」

「でも………」

「天気に関与してはならぬと、言い聞かせているであろうが。それから、星取りもならぬ。そなたにとっては何気ないことでも、星ひとつなくなるだけで、人の世は大騒ぎになる」

「……」

十六夜は、す、と瞳を逸らした。耳がぴるぴる、今までにない勢いで震える。さらにはしっぽも。

吾の耳としっぽが、厭な予感にぴんと突っ立った。ぶわっと毛が広がる。

「…………十六夜。そなた、まさか……」

「さ、朔に…………おっきーお星さま上げたら、よろこぶかなーって、思って………えっと、『なつのだいさんかく』が、おうちにあったら、うれしーかなーと思って…………」

「…………っ」

常々、常々言い聞かせているというのに…………っ。そうほいほいと力を使うなと、そうほいほいと願っているか願っていないのかわからないことを叶えるなと……………そういうことをするからつけこまれて、いざというときに泣くことになると…………………ああまでわあわあ泣いたくせに、学習せんな、ほんに……………っ。

だがとりあえず、予想は当たった。梅雨の限定きのこの山ぺにしりん味は吾のものだ……………歓んでいいのか悪いのか、さっぱりわからぬが。

「十六夜」

「………はい」

へちゃんと耳を寝かせた十六夜に、吾は空を指差した。

「返してきなさい。今すぐ!」

「ぅう……………」

「十六夜。吾の言うことを聞かぬなら、今宵は朔といっしょに風呂に入れぬぞ」

「か、返してくる!!今すぐ!!今すぐ返してくる!!」

十六夜はぴょんと飛び上がり、座敷を飛び出していった。

やれやれと見送り、吾は曇り空を見上げる。

なんじゃな…………もうひとり、子供が増えた感じがするの………………そなた仮にも吾と同時期に同腹から生まれた身で。

見上げている空から、雲が取り払われたのは、そのすぐあと。

星を返すためには雲が邪魔だったから、と、十六夜は言い訳した。