さ、と雨が降り出す。

絹糸みたいにほそくて、やわらかな雨。

でも、お空は、晴れ。

きつね雨

「ああ。……どこぞでキツネが嫁入ったな」

縁側に出てきた朔が、空を見上げてつぶやいた。

俺は長箒を手にしたまま、耳をぴくぴくさせる。

「そうだね」

どこのきつねかは知らないけど、しあわせなおよめさんになれるといい。

旦那さんと末永く添い遂げて、たくさん笑えると。

しっぽをぱたぱたと振りながら、俺はちょっとだけ目を伏せて、どこかでおよめいりしたきつねの祥いを祈った。

それからまた目を上げて、青空から降る雨を見る。

「………………およめさん、かぁ…………」

ぽつん、つぶやきがもれた。

俺には、およめさんがいない。…………寝る前には、もしかしたらいたかもしれないけど、覚えてないし。

それに、俺が起きても会いに来るでもないし、たぶん、いなかったんだろう。

蝕もいないし――と、思う。見たことないから。

上下はまだまだ、およめさんをもらうなんて考えられないくらいにちっちゃいし…………。

ちっちゃいといえば。

「…………」

なんだかたのしそうに、雨降り青空を見上げている朔。

朔も、まだまだちっちゃい。

当然、およめさんなんて、いない。

いないけど、人間はすぐにおっきくなるし、今でもすっごくかっこいい朔だもの。

おっきくなったらきっと、いくらでもおよめさんになりたがる女の子がいる。

「……ん……………………?」

あたりまえ、の、こと。

おっきくなった朔は、ちゃんと、人間の女の子を、およめさんにもらって。

こどもをつくって、その子を育てて、その子もおっきくなって――

俺はきっと、朔のこどものことだって、すっごくかわいいんだ。

だってのこどものことだって、すっごくかわいいと思ったんだから…………

「?」

「案ずるな、十六夜」

「えほえ?」

自分の思考の空白に首を傾げた瞬間だった。

空を見たまま、朔が力強く言う。

「俺がもう少し大きくなったなら、きちんとこなたを嫁にもらってやる」

「……………………へ?」

俺は、きょっとん。

目をぱちくりさせて、朔を見下ろした。

しっぽが、ぱったんと、揺れる。

「さ、朔?」

上ずった声で呼ぶと、朔はにんまりと笑って俺を見上げた。

「その暁には、俺のことは『主』でも『朔』でもなく、『旦那様』と呼ばせてやる」

「だ、だだ、だんな、さまっ?!!」

思いっきり、声がひっくり返った。

しっぽが、びびびんっと立つ。

そりゃ、朔はおっきくなっておよめさんもらったら、だんなさまだ。

だんなさま、だけど。

その、朔のおよめさんは、人間の女の子じゃなくて、俺………………?

びびびんっと突っ立っていたしっぽと耳の毛が、バクハツしたみたいにぼふわっと広がった。

顔も、体も、あっつい。

きっと、まっかっかだ。

「ぅ、うあぅっ」

「はっは!」

言葉にならない俺を、朔はからからと明るく笑い飛ばした。

背伸びして、俺のほっぺたをちょこりと掻く。俺は反射で身をかがめた。

朔の手が、ぶわっと毛の広がった耳を、かりかりと掻いてくれる。

きもちいい。

突っ立っていたしっぽが、ぱったんぱったんと揺れた。

箒を放り出してへちゃんと座りこんだ俺に、朔はにんまりと笑う。

「待っていろ。そうそう長くかかりはしない」

「う………………っ」

ちっちゃいくせに。

すっごくすっごくすっっっっっっごく、ちっちゃいくせに。

「朔、おとこまえ………………」

ぽつんとつぶやくと、朔はまた声高く、からからと笑った。