普段は子供呼ばわりされると抗議する俺だが、一年のうち、何度かは抗議しない、むしろ率先して自分が子供だと主張する日もある。
良い名付け
「貴様の養い子にお年玉を寄越しやがるがいい、ロクデナシの養父よ」
「………吾はいったい、どこで道を間違えたのかのう………子育てって、なんともまあ、むつかしいものじゃのう………………」
いつもなんとなく立っている耳をあからさまにしょげさせ、なんとなく天を向いているしっぽをはっきりと垂らして、ロクデナシの養父こと蝕はため息をつく。
ため息をついている場合か。
だいたい、きつねにしろ犬にしろねこにしろ、耳もしっぽも普段から、きっちり天を目指して立っているものだ。
それがいつも、なんとなく立っている………………よ……な?という状態だということからして、ロクデナシさ加減が知れようというもの。
「いつもいつも、こき使われてやっているだろうが。ぶつくさ言わずに、寄越しやがれ!」
「やれやれ………………将来が楽しみな強請りっぷりじゃのう………」
ぶつくさとこぼしつつ、蝕は袂からぽち袋を取り出す。
渡されたそれを受け取りつつ、俺は少しだけ首を傾げた。
自称凶悪宇宙人のぽち袋って、こいつ、いつどこに、買いに行っているんだ?
思いつつも、とりあえずは訊かない。会話が面倒だ。貰えるものさえ貰えれば、あとは用などない。
立ち去ろうとしたところで、はたと傍らを見た。
俺と蝕のふたりきりで、相対していたはずの奥座敷。
その、俺の隣に。
「良し、爺ぃ。うちにもお年玉を寄越しや。うちも子供やで!貰う権利がある!!」
「いや待て!」
威勢よく強請ったのは、俺と同い年くらいに見える、おかっぱ単衣の少女――
「なんの縁があって、うちにお年玉を強請りに来るか、閻魔!!」
叫んだ俺に、ちょこなんと座っていた少女――閻魔は、本来はこぼれそうに大きな瞳を、殊更に凶悪に眇めた。
「なんもかんも、うちと六所の縁や、坊。つまり、道行く子供にはすべてお年玉を配って歩くようなもんじゃ!」
「意味わかんねえよ!あと貴様が俺をボンボン呼ばわりすんな、幼閻魔!!」
「幼閻魔言うな!!」
叫ぶ俺に、閻魔も片膝立ちになって叫ぶ。
しかしこいつは通称、幼閻魔――百年ほど前に代替わりしたばかりの、まだ幼い地獄の大王だ。
一応は神に類するので、百年経とうがこいつは子供。
しかもこれまでは、もっさいうっざいおっさん閻魔が続いたというのに、史上初という女性閻魔。
本来はつぶらな瞳の閻魔だが、今は険しく眇め、立てた膝をぱあんと高く叩いて、俺をねめつけた。
「舐めとんやないぞ、坊!いっくら小さかろうが、うちは泣く子も黙る地獄組が七代目組長:閻魔大王じゃ!ナマぁ言っとると、舌ぁ引っこ抜くで!!」
「地獄を組に堕とすな、大王!あと貴様、組長じゃなくて大王!!」
――女性だとか、幼いとかいう域を超えて、ツッコミどころが多いのが、幼閻魔の最たる問題だ。
「………………まあ、どうでも良いが………」
睨み合う俺たちの間に、のんびりした声が割って入った。
いつでもどこでものんべんだらりのロクデナシ、蝕だ。その手にはなぜか、自称凶悪宇宙人の友人小娘のぽち袋。
「要らんのか、閻魔」
「貰う!」
「どうして用意がある?!」
閻魔が来たのは唐突で、前触れがない。だというのに、すんなりと。
ひったくるように受け取った閻魔は、ふふんと鼻を鳴らして立ち上がった。
「さて、貰うもん貰ったら、もう貴様らなんぞに用は………」
「さーくー。お客様のおかし、用意できたよー。朔もいっしょに食べるでしょー?」
盆を持ってぱたぱたとやって来たのは、十六夜だ。だから閻魔は前触れもなく――そこにツッコんでも無駄な気がしてきた。
「おかしぃいいいいっっ!!!」
その十六夜に、閻魔はきらきらと瞳を輝かせて飛びついていった。
「おかし!!おかし!!あまいのある?!ねえ、あまいのある、おねぇちゃん!!」
「?えと、おねえ………?」
取り縋る閻魔の呼びかけに、十六夜は笑顔のまま首を傾げた。
まあ確かに、十六夜は綺麗だ。むっさいもっさい地獄の鬼しか男を知らない閻魔には、女にしか見えまい。
「深くツッコむな、十六夜。それより、それに早く菓子を渡せ。こなたが食われるぞ」
「え?ああ、うん………えっとね、えんまちゃん?おだんごあるよ、甘辛だんご」
「あまからだんごぉおおおおっっ!!」
――普段であれば、「ちゃん」付けで呼んだが最後、金棒振り回して暴れる閻魔だ。
しかしお菓子を前にすると、この有様。
「んっ、ぁっ、ぁふっぁふふっ、あまいにょぉおっ、おかしっ、おらんご、あまぃにょぉおおっvvv」
「うん、まだまだあるからねー。いっぱいお食べ」
「んんっんんっ!おねーしゃん、いーひと!!ぁんっ、ぁあんっ、おぃひぃよぉおおっ」
「?えーと………………」
「だから、深くツッコむな、十六夜」
どっと力が抜けて、俺は座敷に座り直す。
その俺の前にもお茶とお茶菓子を運んできた十六夜は、軽く首を傾げた。
「それで、あの子、なぁに?朔のお友達?」
こなた今、アレに「えんまちゃん」って呼びかけていたよな………………。
軽く遠くを見つつ、俺は茶碗を取って、緑色の液体を啜った。
「閻魔だ。地獄の大王」
「へえ」
「朔のいいなづけじゃ!」
「へえ」
団子を頬張りながら続いた閻魔の言葉に、十六夜は笑顔で頷いた。
その笑顔が、ぴしりと固まる。
「え?」
「ウソじゃ!!」
「え?」
ぴしりと固まった笑顔のまま、十六夜は俺と閻魔、そして蝕を見比べる。
皿の上にこんもり盛られた団子を食い散らかす閻魔は、口の周りを蜜だらけにして笑った。
「ウソというのが、ウソじゃ!」
「………………………………………え?」
ひやひやひたひたと、座敷に冷気が満ちる。
俺は深いため息をつくと、茶碗を置いた。片膝立ちになると、閻魔を睨む。
立てた膝を、ぱあんと高く叩いた。
「閻魔が嘘ついてんじゃねえわっ!!舌ぁ引っこ抜くぞ、貴様っ!!」