奥座敷に飾られた、七段飾りのひな壇。
据えられた座卓に並ぶのは、白酒に、ひなあられに、ハマグリの吸い物と、ちらし寿司と――
一日限定ももこ
「ふわわっ、すっごい色がきれい!!きいろにももいろ、あかにみどり………」
きらきらと顔を輝かせて、十六夜はちらし寿司を指差す。
「ね、きれいだね、朔!!すごいね!!」
「こなたのほうが、もっと半端なく綺麗だがな…………」
隣に座った十六夜ににっこりと笑いかけられて、俺はぼそっとこぼした。
途端に、十六夜の頬がぼぼっと赤く染まる。
「え、え………っ。そんな、べつに、俺………」
「いや、綺麗だと思うぞ」
おそらく、十人中十人に同意を得られる形で。
俺たちが暮らす六所神社は、男所帯だ。男しかいない。
そして肝心の祀神が、ロクデナシだ。
これまでひな祭りを祝ったことなど、一回もない。いや、端午の節句を祝ったことすら、ない。
だというのに、今年は奮発して七段飾りのひな壇を用意し、ご馳走まで。
――奮発したのは、地獄の大王:閻魔だ。
代替わりしてまだ百年二百年しか経っていない当代閻魔は、啖呵も切ればドスも振り回すが、神として見ると所詮はちびっこ、幼女だった。
お菓子が好きだ。
さらに言うと、俺並に生育環境に恵まれていない。
周りにいるのは変形畸形の亡者か罪人か悪人で、さもなければ、もっさりまっちょヘンタイな獄卒ども。
それが『男』というものだとの刷り込みがあったため、閻魔は至極当然、あっさりと、骨組みが華奢で美人な十六夜を『おねーちゃん』――女だと思いこんだ。
なによりいちばん肝心なところは、ただの『きれいなおねーちゃん』ではない。
閻魔が大好きな、甘いあまいお菓子を呉れる、『とってもいいおねーちゃん』だ。
なんだかんだ言うが、義理堅いのが閻魔だ。
いつもおいしいお菓子を呉れる、美人でやさしい十六夜『おねーちゃん』になにか恩返しを、と――
考えて、ひな飾り。
考えて、『ひな祭りの主役』である十六夜『おねーちゃん』のために、新しい着物。
似合ってはいるが。
大層かわいらしいが。
朱色を基調として桃の花柄の着物は、帯を併せて考えても、女物。
揃いで渡されたかんざしも、女物。
「いいか、十六夜」
「ぅ、え、はいっ」
俺は居住まいを正して十六夜の手を取ると、その瞳を真剣に覗きこんだ。
「俺はこなたがきれいだと思うが、女であればいいなどと思ったことはない。男であっても、こなたの美しさが損なわれることなど、ひと欠片もない」
「ぁ、あの……朔………?」
「女にならずとも、男のままでこなたは十分に俺の嫁だ」
「え………っ」
あ、しまった。最後を微妙に間違えた。
『十分に俺の嫁』ではなく、『十分に魅力的』だった。このままだと、日本語の繋がりとしてはいささかおかしい。
いや、嫁だというのは紛れもない本心だ。
だからまあなんだ、隠すことのない本音が駄々漏れただけだが。
ヘタに否定と修正を入れるのも面倒だったので、俺は真剣に十六夜を見つめ続ける。
見返す十六夜は、ややして瞳を伏せ、真っ赤になってつぶやいた。
「よくわかんないけど、朔、かっこいー…………」