しっぽの毛がしとっとして重くなり、耳も、むずむずする。
「んー………」
俺は顔を上げて、空を確認。
あおぞら。
俺は採った野菜を入れたかごを抱え直すと、社に走った。
「さーくー!雨くるよー!」
降る雨前
「………応」
社の座敷のひとつで、机に向かって書き物をしていた朔は、ちょっと目を見張った。
筆を置くとのそのそと縁側に出て来て、空へと顔を向ける。
「どれくらいだ?」
「んー。けっこー、すぐ。いっぱい降るよ」
「そうか」
頷く朔を置いて、俺は採りたて野菜の入ったかごを持って台所に行く。
いつも乾いた感じの空気がする台所だけど、今は雨の気配にやっぱり、しけっぽい。
そうでなくても、季節は梅雨。
ちょっとするとすぐにしけっぽい空気でいっぱいになって、食材が傷む。
……………って、朔が。
俺はそういうの、よくわからない。なんでも食べるし、おなかもこわさない。
でも人間は、ちょっと腐ったもの食べると、すぐに死んじゃう。
だから気をつけて、お野菜は使う分だけを毎回、畑から採ってきている。採ってきたばっかりならさすがに、腐ってないしね。
そうでなくても、朔はまだ小さい。
大人よりもちょっとの毒で死んじゃうんだから、ものすごくものすごく気をつけないと。
「十六夜、風は強くなりそうか?」
ひょこんて台所に顔を出した朔が、そう訊く。
俺は野菜を洗っていた流しから顔を上げて、もう一回、空気のにおいを嗅いだ。
「あー、それは……だいじょぶ。雨がざーって、降るだけ」
「じゃあ、雨戸まで閉めなくてもいいな」
ぶつぶつと言いながら、朔は顔を引っ込める。
社中の、空いている窓やらなにやらを閉めに行くんだ。
「あ、朔、朔っ!俺もおれもっ!」
「はいはい」
洗った野菜をきれいなかごに放りこんで、俺は慌てて朔を追った。
待っていてくれた朔のあとを、ぽてぽてとついていく。
「………しっぽ重い」
「ははっ」
どんどん増えていく湿気を吸って、しっぽがずんずん重くなる。
ぼやいた俺に、朔は明るく笑った。
「こなたのしっぽは、毛が多いからな。吸う湿気も増える。重くもなるな」
「そうなんだよねー」
だからっていって、しっぽを丸刈りにしたいとは思わないけど。
でもやっぱり、重いし動かしづらいし、歩くのも………
「ふきゃっ?!」
突然、垂れ下げていたしっぽを、朔にきゅむっと掴まれた。
し、っぽは、びびびびんっ。びびびんって、なる、から、掴んだらだめ、だよねっ!いくら、主でもっ!
「さ、朔っ!」
「そうとは言え、手の感触では相変わらずふわふわもこもこなんだがな……」
「ぅ、ぅきょぅきゃぁきょきゃきゃっ!!」
朔は考えこみながら、掴んだしっぽをもふもふもみもみする。
俺は立っていられず、廊下にぺたんと座りこんだ。
それでも、朔は手を離してくれない。
「さ、さくっ!!」
「べっちゃりしているのはどうかと思うが、多少はしっとりしていたほうが………いやしかし、毛皮だな。やはり乾いていたほうがいいのか?どちらにしても、手触りは抜群なんだが………」
「さぁっ、さーくーーーーっっ」
考えこんで聞いてくれない朔に、俺はひたすらきゃんきゃんと鳴いた。
「………ああ」
ややしてようやく、腰が抜けてがくがくぶるぶるの俺に、朔は気がついてくれる。
それでも手は離さないまま、どころかきゅむっと掴んで、頷いた。
「なんであれ、十六夜。こなたのしっぽが、極上であることは確かだ。一度触ると、まったく手放し難いな!」