サクラサク
「こ、今年はオマエの年だから、うちが直々に盛り立ててやろうって、え、えん、閻魔ちゃんが、いってっ!ぶ、ぶるる、ひひひんっ!!」
蝕と対して座敷に座った、うま頭の筋肉もりもり腰みの雄――こと、地獄の門番の馬頭は、ハデにハナミズを啜り上げた。
おっきなうま顔を、節くれだった両手でばっと覆う。
それでも覆いきれない、大きな顔――の、てっぺん。
びるびるびると震えるうま耳には、顔に負けない大きさの真っ赤なリボンが、べたんとつけられていた。
「は、はづかしぃわぁあああ!!こんなにおっきくなったのに、仔猫ちゃんリボンを耳につけられちゃうなんて、あんまり羞恥プレイ過ぎるわぁああ!!閻魔ちゃんはオニ、オニよっ!!オニの棟梁よぉおお!!ぶひひひひぃいんっっ!!」
「あー………まあ、………地獄の大王だしのう………見た目どうでも、鬼の棟梁じゃろうな、閻魔は………」
いいながら、蝕は宙からカサを取り出して差した。ちょっぴり傾けると、目の前でわんわんと泣き喚く馬頭から飛んでくるいろいろもろもろな汁から、防御。
ボクと下弦も蝕の背中に回って、カサと蝕の二重の盾で防御を固めつつ、改めてまじまじと馬頭を見た。
いつもは、相方である牛頭といっしょに行動する馬頭なんだけど、今日は一匹でうちまで来た。
で、その理由がつまり、幼女な上司――地獄の大王:えんまちゃんにギャクタイされたと。
ボクにも下弦にも、えんまちゃんの趣味がさっぱりわからない。
幼女がかわいいものが好きなのは、わかる。
かわいいものが好きな幼女が、かわいいリボンが好きなのも、わかる。
身の回りにあるものならなんでもだれでも、とにかくリボンまみれにしちゃいたいっていう気持ちも、まあ、百歩譲ってわからなくはないわ。
でも、馬頭よ?
馬頭は地獄の門番。つまり鬼。
言葉も態度もくねりなよりとしているけど、見た目はドウモウな、肉食性のうま。草食性の馬じゃないのよ。こいつ肉食ってんなっていう、そういう凶悪なうま顔なの。
で、それに加えて筋骨隆々として、大体の日本家屋では鴨居に頭をぶつけまくるだろうっていう、長身。
その威圧感たっぷりの体を覆うのは、わずかに腰みのだけ。
――っていう、馬頭にね?
リボンをつけたいと思いつく、その幼女心理がわかんないのよ。
「泣いてる間に、取ったらいいじゃないの、リボン。それだけのことでしょ?」
「<(`^´)>」
ものすごくまっとうなことをいったボクと下弦を、馬頭は恨めしそうに鼻を鳴らしながら見た。
「外せないわよ。閻魔ちゃんの手作りリボンよ」
「手作りだから、なん……」
「お呪いで、べったり貼りつけられちゃってて、取ろうにも取れないのよぉおおお!!ぶひひぃいいんっっ!!」
「あー………よしよし…………」
再びわっと泣き伏せた馬頭との間に、蝕はカサをかざす。
「………」
「(-_-)」
ボクと下弦は顔を見合わせて、それから座敷に伏せた馬頭の耳を覗き込んだ。
留め具とかなにかで、耳に括り付けているんだと思っていたんだけど――よく見れば確かに、あるのは『リボン』本体だけ。
留め具らしい留め具もない。
つまり馬頭のいうとおり、リボンは耳に直接――
「こんなはづかしい姿見られて、アタシもう、お嫁に行けないわぁ!ひひぃいんっ!」
「(゜ω゜)」
「しっ!それはいわないおヤクソクってものよ、下弦!」
堪え切れずにツッコんだ下弦に対し、ボクは諌めるようにつぶやく。
馬頭は雄だ。くねりなよりとしてても。
そんなこと、今さら過ぎるシテキってものだわ。
「まあ、なんじゃな………正月の余興と思って」
「そうだったわ!」
なんとか思いついたナグサメの言葉を蝕が吐く途中で、馬頭はがばっと顔を上げた。だけでなく、飛び跳ねるように立ち上がる。
「アタシ、正月の挨拶周りの途中だったのよ!ひひんっ、いやだ、時間ツブし過ぎちゃった………これからまだ、鹿曜寺に四神に、行くとこがいっぱいあるのに!」
「ぁあいさつまわりぃい………?!」
「( ゚Д゚)」
ボクと下弦は、不信感いっぱいに馬頭の言葉をくり返す。
アイサツ周りって、いつもはそんなこと、しないくせに。
ていうか、今そんなことしたら頭にリボンをつけた姿を、いろんなひとに見られて――
それこそ、しゅーちぷれいだわ。激しく。
でももはや、馬頭の心はカンペキに、ここにあらず状態だった。
「じゃあね、今年もよろしくね。閻魔ちゃんが、迷惑かけることもあるかと思うけど」
「大丈夫じゃ。そなたら牛頭馬頭が掛ける迷惑より、幼閻魔の掛ける迷惑のほうが、遥かに少ない」
「ひっひん!いやだわ!」
わりと本気な蝕の言葉を軽く笑い飛ばすと、馬頭はいそいそと――いそいそとしかいえない足取りで、座敷から出て行った。
耳にリボンを、貼りつけたまま。
蝕なら、取れると思うのよ。
地獄の大王:閻魔とはいえ、えんまちゃんはまだちっちゃいし、蝕のほうが力では勝る。
たとえ強力な呪いを掛けられたっていっても、蝕ならといてあげられる。
なのに――
「…………」
「<(・ω・)>」
ボクと下弦は、戸惑う顔を見合わせた。
つまり、馬頭って結局――
「なんじゃな………。ヲトメ心というものは、いつの時代になっても複雑じゃの……」
「Σ<( *゚×゚)>ノシ」
――おもいっきり蝕にツッコむ下弦を、今度はボクも諌めなかった。