コドモノ節句
「子供と呼ぶな」
「キセンをセイされたわ」
「(゜Д゜)」
「機先を制されたのう………」
座敷に並んで正座する吾と上下は、目の前に仁王立ちする養い子に多少気圧されつつ、つぶやく。
常に子供扱いを厭う養い子だが、今日はまた、ずいぶんと鬼気に満ちている。
そうまで懸命に主張せぬでも、どうせ人間が童べである時など短い。堪能すればよいと思うが――
しかしそう、養い子は人間だ。確か人間の生育過程には、親に対してやたらと『子供ではない』と主張する時期があった。
「つまりはんk」
「子供扱いもするな、ロクデナシの養い親!」
「…………」
――皆まで言わせて貰えなかった。養い子は叫ぶだけでなく、だんだんと足を踏み鳴らす。
まあ、いつものことなので、吾は気にしない。気にしないがそれにしても。
「いつにも増してヤサぐれてるわ」
「(-д-)」
「いや、下弦………そうまで言うな。たぶん違う。おそらく。普段はもう少し……」
とはいえ、不満のあまりに地団駄踏むなどまるきり子供の所作なn
「子供扱いするなってんのが、わかんねえのか!!」
「心を読まれたぞ?!」
口に出して音にせぬ言葉まで、皆まで言わせて貰えなかった。
微妙に震撼して両脇に座る上下を見ると、二匹は伸び上がって吾の耳をかりかりと掻いた。
「そうね。神さまっていっても、蝕って表情も耳もしっぽも、人間とちがってとってもすなおよね」
「<(´×`)>vvv」
「?」
なにを言っているか、わからんのだが。
それはそれとしてだ。
養い子が人間でありながら、神である吾の心を読むまでに能力の底上げを図り、鬼気迫って子供扱いを厭う由縁だ。
吾の推測が正しいなら、今日の暦。
五月五日――端午の節句だ。
そう。俗に言う、
「子供………!」
「さぁくぅう!かしわ餅もらったよ!あとねあとね、手に持って遊べる、こいのぼりぃい!」
またもや吾の心の声にツッコもうとした養い子だが、お決まりの文句を叫ぶことは出来なかった。
常に無為に輝きを放つ美貌を、さらに無邪気に輝かせた十六夜が座敷に駆け込んできたからだ。
それもただ、駆け込んできたわけではない。
柏餅を山と積んだ盆に、小型のこいのぼりを手に持って。
微妙に過ぎる表情を晒す養い子へ、十六夜はいつも以上に眩く輝かしい笑みを向ける。
「ね、これね、上にかざぐるまがついてるから、持って走るとからから回るよ!色もきれいだから、とってもたのしいの!こいのぼりさんもいっしょになって、はたはた泳ぐし………」
「ぅ、え、あ…………い、いざょ」
説明しながら、十六夜はしどもどする養い子の手に風車つきのこいのぼりを持たせる。
そして、にっこり。
「ね、朔!今日は、こどもの日なんでしょ?!朔の日だよね!」
「っっ」
「あ、いったわ」
「(-×-)」
「言ってしまったのう…………」
吾と上下はそっと身を引き、雷に打たれたがごとくに痙攣して止まった養い子を憐れみの目で見た。
十六夜は養い子の様子にまったく構わない。無邪気にして無垢、まったくの善意に溢れて笑う。
「お祝いしようね!いーーーっぱい、ごちそうつくって……あ、あと、お部屋も飾って、それからそれから……!」
無邪気にして無垢、そして善意に溢れたものが常に、善きとは限らない。
これが現世の妙というものだ。
感慨深くなりつつ、吾はさらに身を引いた。養い子がぷるぷるぷるぷると、怒りを堪える小動物のごとくに震えている。
浮ついている十六夜は、さっぱり気がつかない。大好きな『主』の祝いに弾む笑みを、吾らにも向けた。
「上下!上下も、子供だもんね!朔といっしょにお祝いして上げるから!おいなりさん、いーっぱい、つくって上げる!」
「わ、わぁーい、だわ」
「(-ω-)」
「な、本気?!いくらなんでもモサ過ぎるわよ、下弦?!」
上弦と下弦は吾の背後に隠れて、きゃいきゃいとやり出した。
まあなんだ。眷属を守るのも吾の務めだ。盾にされても構わぬ。構わぬが。
養い子は、ぷるぷる震える。
ぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷる…………
「十年後に見てろぉおおおおお!!!」
「意外に気が長かった?!」
「さ、朔?!」
――意味は違うが共に目を見張る吾らを置いて、涙目で宣言した養い子は座敷から駆け出して行った。手には風車付きのこいのぼりを持ったままだ。
からからからからと………
「うむ。目にも彩だ」
納得した吾に、十六夜も至極うれしそうに頷いた。
「うん、きれい!朔、気に入ってくれたんだね!」
「………いい加減、無垢も過ぎれば罪よな?」
「え?」
しかも本来的に、十六夜は無垢ではない。単に寝惚けているだけという――
「まあ良い」
思い切ると、我は両脇からにゅっと顔を出した上下の頭を撫でる素振りで、押さえこんだ。
きょとんとしている十六夜へ、首を傾げてみせる。
「それでな、十六夜。風車つきのこいのぼりは、ひとつだけか?そなたも言っておったが、うちには童べがあと二匹、おるのだが………」
「あ!」
吾の脇に挟まれてじたじたする子狐たちを示して訊くと、十六夜はぱかりと大きく口を開いた。
「だ、だいじょうぶ、あるから!今、もってくるぅうう!」
すぐさま腰を浮かせ、慌しく座敷から飛び出して行く。
「あるのだそうだ。というわけで、落ち着け」
じたじた暴れる二匹を抑えつつ、吾は家内を走り回る足音に耳を澄ませた。
時はない。童べが童べである時も、ひとが神に添う時も――
限られて、あまりに短い。
「そなたら、適当に遊んだなら十六夜を手伝うてやれ。馳走となれば、手間もかかるゆえな。アレだけに任せておくと、何年かかるかわからぬ」
「はあいなのよ!われら良い子の眷属!遊びもするが、神さまの補佐も忘れちゃいないわ!!」
「<(>▽<)>ノシ」
元気いっぱい主張する上下に、吾はやれやれと肩を竦めた。
おそらくは、忘れて遊びに夢中になると思うがの。道明寺粉製ぼたもちを賭けてもよい。
とりもなおさずそれが、童べというものだ。