夜十一時過ぎ。
さわからメールが入って、およそ十分後。
「………………また随分なグロッキーぶりだな、ご主人様」
ただいまぷりん
「ぅううぅう………っ」
那由多自身がそもそもそれほど大柄というわけでもないが、マネージャのさわよりは大きい。
それが、さわの肩に支えられて、今にも死にそうな体でのご帰宅。
真っ青な顔で、さわに支えられてようやく立っている風情の那由多を玄関で受け取り、鷹秋は首を傾げた。
アルコール臭がそれほどするわけでもない。ということは。
「夕飯食ってくるって言ってたな。なに食った」
「京懐石よ」
主に呻くので精いっぱいな那由多に代わり、さわがきびきびと答えた。
「赤坂にある、ちょっと有名な小料理屋さんで、フルコース」
「無茶苦茶するな!」
さわの答えに、鷹秋は瞳を見張った。
赤坂にあって京懐石を出すとなれば、そこそこ値が張っていいものを出すだろうが、問題はそこではない
好き嫌いの激しい那由多に、大人向けの日本料理は鬼門だ。
食べられないものオンパレード。
野菜がそもそも好きなものが少ないうえに、魚介のほとんどが嫌いだ。食べられない味付けも多い。
「なんだってそんなことになったんだ」
嫌いではあっても、接待となれば食べないわけにもいかないのだろう。
嫌いなものを腹に詰め込んだ末のグロッキーと察して、鷹秋は呆れてさわを見た。
公式には好き嫌いがあまりないことになっている那由多だが、もちろん、マネージャであるさわはすべてのことを把握している。
那由多が京懐石で食べられるものがほとんどないことは、十分承知しているはずなのだ。
普段はだから、それとなく相手をリードして、那由多が食べられないものを出さないような店に誘導したりするというのに――
「この間、雑誌のインタビューで、今興味があるものを訊かれて、『京懐石です』って答えたのよ」
「ああ?」
鷹秋は思わず胡乱な顔になって、凭れかかって呻く那由多を見下ろした。
自分の好き嫌いを把握している那由多だ。京懐石が自分の好みから著しく外れていることも、わかっているはず。
それが、なんの話の流れで、そんなデマを。
「デマじゃないわ」
鷹秋の視線から、言いたいことを察したさわが先に言う。
「『興味がある』のは確かなのよ。次のクールのドラマで、京懐石の魅力に嵌まった不良青年の、板前修業的な話をやることが決まってて。スケジュールの関係もあって主役じゃなくて脇なんだけど、主役の修行先の先輩ってことで、どうしてもいろいろ料理に触れるでしょう?だから、『興味がある』」
「つまり……」
食べたい、という意味ではなかった。役作りやその他の関係で、あくまでも『興味がある』と。
しかし――
「先方も、そのことを知っていて。どうせなら、きちんとしたところで、本格的な京懐石を味わわせてあげようっていう、好意だったの。そもそもが、那由多のファンだし」
「………」
「ふふふふふ………」
腕の中で、那由多が怪しい笑い声をこぼす。
「すてきな拷問でした…………決して顔を歪めず、どんなものを口に入れても、おいしいと笑う…………無茶ぶり具合のハンパなさがもう………」
「ああなんだ、意外と楽しかったんだな、食事………」
呼吸を荒げる那由多に、鷹秋は納得した。
嫌いなものを食べさせられるのは、本来はいやな行為だ。しかし基本が虐められたい願望の強い那由多は、その状況を逆に自家発電の材料として楽しんできたらしい。
「ふふふふふ……………しかも、相手に興奮していることを悟られないようにもしないとで……………ふふふふふ…………ふ、ぉ、え………っ」
「待てこら、吐くならトイレだ!!」
笑いながらえづいた那由多に、鷹秋は慌てる。
虐められて満足することと、嫌いなものが腹に入っていることは、また別だ。
「じゃあね、あとはよろしく」
さわはさっさと玄関を出る。
鍵だけ閉めると、鷹秋は那由多を抱え、急いでトイレに駆けこんだ。
「ほら、いいぞ」
「ぅげぇええええっっ」
赤坂で、京懐石を出すような店だ。値段の張ること目玉が飛び出るほどのはずだが、那由多にそういったことは関係ない。
堪えることもなく、きれいにトイレへとリバースしていく。
「やれやれ……」
ひとが吐いているところを観察していても楽しくなどないので、鷹秋は一度、トイレから出た。
洗面所へ行くと、新しいタオルを出す。コップに水を汲んで、トイレへと戻った。
「はふはふはふ………」
「吐き切ったか?もう出るもんないか?」
「たぶん……いえだめです、ぅげぇえええええっ」
「あーあー………」
そうやって十分ほどもトイレで格闘して、ようやく那由多は吐くものがなくなった。
鷹秋はぐったりと疲れ切ってトイレに顔を埋めそうな那由多を支え、水を流す。
「ほら、口漱げ」
「うぅう………」
自分では腕も上がらなくなっている那由多だ。
鷹秋は口元にコップを当ててやり、胃液とその他の滓で汚れる口を漱がせた。
「鷹秋さん………」
「きっちり漱いでからにしろ」
「はぃ………」
胃が落ち着いたことで甘えた声を上げた那由多に、さすがの鷹秋もきびきびと言う。
吐いたものが残っている口とは、キスしたくない。
一応わきまえる那由多は、素直に口を漱いだ。
「よし、いいか」
「はふ………」
ようやく口の中もさっぱりし、完全にぐったりした那由多を抱え上げて、鷹秋はトイレから出る。
自然な動作でお姫さま抱っこだが、ときめくほどの力も残っていない。
鷹秋はそんな那由多をリビングのソファに運び、自分の膝の上に乗せた。
「どうする、口直しにプリンでも食うか」
濡れる口元を拭きながら訊いて、しかし鷹秋は那由多が答えるより早く、そのくちびるを塞いだ。
何度も漱いだせいで口の中は冷えて、しかも妙にさらりとした感触だ。
「ん………っんんぅ……っは、ぁ………っ」
あたためるように、鷹秋は丹念に那由多の口の中を探る。那由多の舌は疲れて強張り、応じ方が初めのころのように覚束ない。
鷹秋は構うことなく、不器用に動く舌を絡め上げ、吸い上げて甘噛みする。
疲れているせいで呼吸も追いつかない那由多は、ただ必死に鷹秋に縋りついた。
「は………っ」
「んで。プリン食うか?」
「………ぁう……」
長くしつこいキスに意識が落ちかけたところで、ようやく鷹秋は離れた。
その第一声がこれなので、那由多はそのまま、眠りこみたい気分に陥った。
正直、一日働き通した体はくたくたに疲れ切り、長いキスがあろうがなかろうが、すぐにも意識を飛ばせる状態だ。
しかも朝の起き抜けからこちら、疼くだけ疼かされて、放置されていた。
「口直しなら、こっちがいいですぅ………」
「あのな…」
胃液で焼けた咽喉が吐き出す声は、甘えていても、いつもより掠れている。
泣いたあとのように枯れた声で強請りながら、那由多は重い手を繰って、鷹秋の下半身を撫でる。
「おしゃぶりさせてくださいぃ………」
「幼児用のおしゃぶりを買っといたほうがいいのか」
「幼児プレイがお好みなら、合わせないでもないですけど…」
「お好んでねえよ!」
微妙に引いた顔でそれでも言い張った那由多に、鷹秋は叫ぶ。いやな誤解をされると、後々面倒だ。
さわさわと力なく下半身を撫でる手を取ると、それこそ赤ん坊でも相手にしているかのように、那由多の腹をぽんぽんと軽く叩いた。
「そういうものを家政夫に強請るんじゃねえよ、雇用主。素直にプリン食っとけ。せっかく作ったんだし」
「手作りですか………」
那由多は複雑な表情で吐き出す。
鷹秋が作るものはなんでもおいしいから、味の面で心配はしていない。
しかしそもそもは、やの字だったというのに、手作りプリン。
家政夫業への順応ぶりは、少し恐ろしいくらいだ。
彼の上司の采配は決して間違っていなかったのだと、確信してしまう。
「………まあいいです。とりあえず、デザートに食べるとして」
「デザートって、こら!」
重い体を意外に身軽に動かし、那由多は鷹秋の膝から床に落ちた。足元に座りこむと、下半身に顔をすり寄せる。
「雇用主の命令です。ください」
きっぱりと言ってのける。
鷹秋は壮絶にいやそうな顔で、仰け反った。
「普段は下僕扱いしろとかなんとか言うくせに、どうしてこういうときだけ、ご主人様風吹かせるんだ」
「そこで、いい気になるんじゃねえと踏みつけにしてくださっても、それはそれで悦です………」
「だよな!」
ぼそぼそと言いながら、那由多はズボンの上から鷹秋の股間を舐める。
「ん………んん…………」
「舐めるなら直にしろ!あと二、三日穿き回すつもりだったってのに、舐められたら洗わないとじゃねえか!」
「許可が出たので、直舐めします……」
「あああ、もう!」
うれしげにつぶやいた那由多は、いそいそとファスナーを下ろし、鷹秋のものを取り出す。未だに力無いものを手に持ってしげしげと眺め、ほんわりと頬を染めた。
「やらしい色…………」
「ひとのもんをそうやって、じろじろ見るな」
「見たいです………んー………」
見たいと言いながら、那由多はぺちゃりと舌を這わせた。うっとりした表情で、鷹秋のものを舐め回す。
「は………んんん………しょっぱ………ふゃあ………」
「どうしてそうも、しあわせそうな顔するか……」
鼻声を上げつつ、那由多は夢中になって舌を這わせ、口に咥えこむ。
初めはそれこそ経験のなさがものを言ってヘタクソの極みだった那由多だが、鷹秋に何度も強請った成果で、今はそこそこ上手い。
なにより、咥えているのが鷹秋のものだけで、教えるのも鷹秋だけだ。完全に鷹秋好みの愛撫しか知らない。
呆れたように言いながら那由多の頭を撫でつつも、鷹秋のものはぐんぐんと育っていく。
「ん………んんん………」
那由多は微妙な表情で、腰をもぞつかせた。
朝からこちら、ずっと『お預け』を食らわされている。下半身が疼いて、ここにも欲しい。
けれど、嫌いなものを食べてきた口にも、『好物』が欲しい。
自覚があって那由多に手を出しているわけではない、厄介過ぎる鷹秋だ。しゃぶり終わって、こっちにも、と強請って、素直にくれるわけもない。
むしろ、いい子にしろとかなんとか丸めこまれて、適当に切り上げられてしまう。
「は………んんく………」
迷いながらも愛撫に没頭していると、舌先に馴染んだ味を感じた。思わず迷いを忘れて、ちゅうちゅうと吸いついてしまう。
「ぁ、たかぁきさぁん………」
つぶやきながら、先走りを滲ませる先端を舐める。誘うように手で扱き上げ、ちらりと見上げた。
「……っふ…」
鷹秋は滅多に見せない、欲望に上気した顔を晒していた。
「………ふぁあ……」
ずき、と痛いほどに腰が疼いて、那由多は瞳を潤ませた。
そもそもの好みは、ブサイクだ。さもなければ、強面。
鷹秋は少しばかりいい男過ぎて、食指が動かない。本来なら。
それでも、自分がしゃぶっていることで切ない顔を晒されると、腰が重く痺れる。そこを鷹秋に掻き回されて達することを知っているから、痛いほどにじくじくと疼く。
「ん………んんー………」
「ゆた………」
「んんっ」
やわらかな声が、甘やかす名前を呼ぶ。
虐められたいのが本音なのに、胸がきゅんと締めつけられて、那由多は殊更に鷹秋のものに吸いついた。
「イくぞ……」
「はぃ………んんっ」
告げられて、きちんと咥え直す。
ほんの少しのタイムラグのあと、口の中に鷹秋のものが吹き出した。
「ん……っんく………っく………っ」
とろりと粘っこく、量が多いものを懸命に受け止めて飲みこむ。
最初はどこか必死に飲みこんでいたものだが、今はごく素直に、おいしいと思って飲みこむようになった。それはそれでいじめられ感が薄れて、微妙といえば微妙だ。
「ん………ん………っ」
最後の最後まで残さず啜り上げて、那由多は口を離した。
「はふ………っぁ、んっ」
息をついた体を抱え上げられ、膝に乗せられたかと思うと、すぐさまキスされる。
粘つく口内を探られ、唾液が流しこまれて、再び那由多は咽喉を鳴らした。
「ん……っ」
「……気が済んだか?済んだら、プリンにしろ」
「…………」
さっきまでの欲を刷いた顔はどこへやら、ひどくあっさりと言う鷹秋に、主に酸欠でぐったりする那由多は、ため息を吐いた。
「あのですね…………どうしてそこまで、プリンにこだわるんですか…………?」