「……あー………」
ぐったりと横たわるカイトを見下ろし、がくぽはわずかに顔をしかめた。
つい熱中した。
明らかにやり過ぎた――知識がない初心者相手に。
まにゅある・せくす-05-
これが、わずかでも知識がある相手だったり、せめても自慰くらいは知っている相手だったら良かったが――知識もなければ、自慰すら覚束ない相手の、二回目。
二回目で、これはない。
いや、おそらく、知識があるとか、自慰の経験が豊富な相手だったりしたら、こうまではやらなかった。ごく普通に体を重ねて、さらりと流れていたはずだ。
それが、あまりにもあまりな知識を披露されて、気持ちいいもわからないとか言われて――つい、理性が飛んだ。
そう、ある意味において、理性がきれいさっぱり飛んでいた。
カイトを気持ちよくしたい、気持ちいいを教えたい欲求で、それ以外のことがすっぱんとお空の彼方へ。
「………謝…れ………ば……?」
途方に暮れて、つぶやく。
つぶやいてから、気がついた。
とりあえず謝るにしてもなににしても、入れっぱなしの腰を抜いてからだ。
実際のところ、一回しか放出していないものは、まだ満足したとは言えない。それなりに盛んなのが、がくぽというものだ。
しかも相手は、ずっと好きで好きで、ようやく手に入れたばかりの恋人なのだ。一日中掻き回していても飽きない。
飽きないが、いくらなんでも限度がある。
意識は飛ばなかったが、主に疲労困憊でぐったりしているカイトに、これ以上を強請るのは、あまりにあまりだ。
どうして一回でそこまで疲労困憊したかといえば、要らないところで発揮した忍耐ゆえに、快楽を引き延ばしに引き延ばされてだ。
それも、よく知りもしないことを、一度に教え込まれながら。
知恵熱を出してもおかしくはない。
「………」
がくぽは力なく瞼を閉じるカイトを見つめ、肩を落とした。
感覚的には「気持ちいい」だけを与えたが、下手をすると行為に恐れを抱いたり、嫌いになっていたりする可能性もないとは言えない。
それくらいしつこく、しかも、ちょっとばかり――意地悪だった。
「カイト……」
頬を撫でる。カイトはぴくりと震え、億劫な瞼を開いた。
その顔が、わずかにしかめられる。入ったままのがくぽのものが、軽く締めつけられた。
「ああ、今…」
「もぉやだ………」
「………」
抜く、と言うより先に、カイトがぽつりとつぶやいた。重怠い腕を持ち上げて顔を覆い、ぐすりと洟を啜る。
「もぉやだ………!」
「………カイト」
やはり初心者にはハードな経験だったか。
がくぽはがっくりと肩を落とし、とりあえず腰を引く。
これで「三回目」がかなり遠のいただろうが、自業自得だ。とにかくは、懲りすぎたカイトが「コイビト止める!」とまでは言いださないように、平謝りに謝る。
あとは時間を掛けて、怖くない、を刷り込んで、そのうち三回目を赦してもらえるようになるまで、忍耐の日々だ。
忍耐には自信がある――辛いし、苦しいが。
けれど我慢せずに強引に押し切った結果、カイトを失うことに比べれば、大したことではない。
下手にも下手な覚悟を固めたがくぽは、ふと瞳を見開いて止まった。
カイトの足が、がくぽの腰を挟みこんでいる。怠い体は力ないが、それでも確かに、意図を持って、出て行くことを止めている。
「………カイト?」
強引に腰を引くことはせず、がくぽは顔を覆うカイトを見つめた。
カイトはぐすぐすと、盛大に洟を啜る。
「こ、こんなの、もぉやだ…………!」
しゃくり上げながら、カイトは吐き出す。
「ぬ、抜かれるの、やだとか………もっともっといっぱいしてほしーとか……………ずっと入れっぱなしでいてほしーとか…………っもぉやだ、俺……………すっごい、えっちだ……………!!」
「………っ」
子供のように泣きじゃくりながら吐き出される言葉に、がくぽは花色の瞳を見張って固まった。
カイトの中は、がくぽのものをぎゅうぎゅうと締め上げる。締め上げながら、カイトは顔を隠して、しゃくり上げた。
「俺、えっちだったんだ……………っふえ、…………っこんな、こんなえっちなの、がくぽにきらわれちゃう…………っっ」
「カイト」
泣きじゃくるカイトに、がくぽは慌てて伸し掛かった。顔を覆う手をどうにか取り去り、泣き濡れる瞳を覗きこむ。
「嫌ったりせぬ。こんなことで嫌ったりするものか!だいたいお主は…………ええとその、えっち、なわけではない」
「ぅそぉ………っ」
子供な単語なのだが、微妙に気恥ずかしいそれをどうにか吐き出したがくぽを、カイトは顔を歪めて見上げる。
ぼろぼろと泣き濡れて、かわいそうだ。
かわいそうだが。
がくぽはごくりと唾液を飲みこみ、抜きかけた腰を押しこんだ。
「ふぁ……っ」
カイトがびくりと引きつる。
押しこまれただけでなく、がくぽのものが、熱と硬さを持って脈打っているのを、感じる。
「が……くぽ………」
「俺だとて、お主から抜きたくない。もっとしたいし、入れっぱなしにもしたい。それで、カイトは俺を嫌いになるか?」
自分の言葉を問いにされて、カイトは瞳を見張った。そのまま、ふるふると首を振る。
「なんない………なんないよ、がくぽだもん………!そんなの、うれしーくらいで、嫌いになんて………」
「俺もだ」
笑って、がくぽはカイトの目尻にキスを落とした。雫を舐め、啜る。
放り出されたままの体をやわらかく撫で、胸の突起をつまんだ。今はもうカイトも、「気持ちいい」のだと知っている場所を。
「ぁ………っ」
「けれど、そう思うのはお主だからだ。だれにも彼にも思うわけではない。お主だからずっと触れていたいし、箍も外れる。お主は違うか?俺以外のだれでもいいから、こうしたいか?」
「っ」
カイトの体がびくりと強張り、腕が伸びてがくぽにしがみついた。痛いほどにすりついて、爪を立てる。
「やだ………っがくぽだから、だもん………っっ。がくぽ以外なんて、ぜったいやだ………っ」
悲鳴にも似た苦い声に、がくぽは宥めるようにカイトを抱きしめた。あやすように、軽く叩く。
「そうだろう?カイト、…………えっち、……というのはな、だれでも彼でも構わぬから、したがる輩のことを言う。それが俺だけだというなら、そうではない。ただ、俺が好きなだけだ」
「………好き、………な、だけ?」
訝しげな声を上げ、カイトはわずかにがくぽから離れた。揺れる瞳に、がくぽは笑って頷く。
「好きだから、触れたい。好きだから、欲しい。それが体を繋げるということだ。俺以外に劣情を抱かぬのは、なによりお主が純粋でまっすぐに俺を好きだという証だ。俺相手にならそれだけ乱れるのも、また、同じ理由だ。お主は俺が好きなだけだ」
「すき………」
つぶやくカイトは、ややして窺うようにがくぽを見つめた。
「…………じゃあ、がくぽも………」
「お主が好きだ。もちろん」
「………」
がくぽの言葉を吟味する間が流れ、カイトは力を失って再び横になった。
ぐったりを思い出した体を、がくぽは宥めるように撫でる。
「………とはいえ今日は、やり過ぎた。ゆえにお主が泣くほど驚くのだ。すま……」
謝る途中で、カイトの指にくちびるを塞がれる。
見つめるがくぽに、カイトはぐったりしたまま、視線を流して寄越した。
「……………がくぽの『好き』って、好き」
「…」
告げられた言葉に、がくぽは瞳を瞬かせる。
カイトはわずかに気怠そうに笑って、がくぽの背に手を回した。
「していーよ、がくぽ。がくぽ、一回しかイってないもん………まだ、足らないでしょ?」
「だが」
疲れただろう、と気遣うがくぽに、カイトは瞳を細めた。
「言ったよ。がくぽの『好き』、好きだって」
声が、潤んでいる。腹の中に抱えこまれていては隠しようもない反応を示すがくぽに、カイトは微笑んだ。
「がくぽの『好き』も、がくぽがくれる『きもちいい』も、好き。大好き。だから………」
皆まで言われるより先に、がくぽはカイトのくちびるを塞いでいた。