「がくぽー」
襖を叩き、返事も待たずに開く。部屋を覗きこんで、
「……あれ」
主の不在に、カイトは瞳を見張った。
あふたー・まにゅある
「っかしーなー。どこ行ったんだろ?」
つぶやきながら、遠慮なく部屋に踏み込む。首を傾げながら、押入れを開いた。
「………いないね」
どこの猫型ロボットと勘違いしているのか。
おそらく本人がいたら、正座させられて説教ものの家探しを大真面目にやって、カイトはぐるりと部屋を見渡した。
押入れ以外に隠れる場所もないから、つまり。
「………どこ行ったんだろ?」
首を傾げたまま、へちゃんと畳に座り込む。
別に、用事らしい用事があるわけではない。ちょっとしたスケジュールの確認だ。あとでも全然構わないが、問題はそこではなくて――
がくぽが、不在だということ。
「………なんでこれくらいで、さみしくなっちゃうかな」
家の中を探せば、どこかで見つかると思う。たとえいないとしても、今日は遅くなるような用事もなかったのだし、すぐに帰ってくる。
そこまでわかっていて、それでも体が軋むようなさびしさに襲われてしまう。
ちょっと探せばいい。
ちょっと待てばいい。
そう思っても、その部屋に不在だというだけで、いつものように迎えてもらえないだけで、ぐずぐずと。
「……ふーんだ」
膝を抱えて座って、カイトは見るともなしに部屋の中を見渡す。
きれいに片付いた部屋だ。
良くも悪くも生活感がない。がくぽを感じさせるものといったら、部屋に漂う仄かな香の薫りくらいのもの。
――ますます、さびしくなる。
主の存在を感じさせるものがなにもないということは、まるでその存在そのものがカイトの妄想だったように思えてしまう。
ここに彼がいて、彼が自分を迎えて――交わした、言葉も、なにもかも、はっきりひとつひとつ覚えていて、いくらでも思い出せるのに。
確かな記憶だと、言い切れるのに――
それでも、存在が。
「……ぅぬう………」
カイトは小さく呻く。
思い出せる。なにもかも。
――カイト。
くすぐるようにささやかれて、耳に口づけされた。畳の上に寝転がるカイトに、伸し掛かる重み。首を竦めたカイトの服が、器用に開かれていって。
全身、隈なく探られた。撫でられて、舐められて、さんざんに啼かされた。
――カイト、ここが悦いのか。
笑って、いちいち確かめられる。いいと言えばしつこく責められて、よくないと言えば――
「ぅわっ!!」
叫んで、カイトは膝を崩した。瞳を凝然と見開き、畳に手をつく。
がくぽの不在に自棄になったとはいえ、ちょっといろいろ思い出し過ぎた。興奮のあまりに顔が赤くなっているだろうことが、鏡がなくてもわかる。
今は上品な香のにおいしかしない部屋だが、あのときは。
「いやいやいやいや、待ってまってまって」
だれにかわからないストップをかけ、カイトはおろおろと辺りを見渡した。だれもいないことはわかりきっている。
「えっと、えと、落ち着け、落ち着け俺。ひとひとひと」
つぶやきながら、カイトは自分の手のひらに『人』の字を書いて飲みこんだ。――それはアガリ防止のまじないであって、興奮を冷ますまじないではない。
ごくごくと何回か飲みこみ、カイトは小さくガッツポーズした。
思い込みの勝利だ。落ち着いた気がする。
「カイト?」
「ひゃい?!」
――気がしたところに、当の本人の声がして、カイトはびびり上がって背筋を伸ばした。
「どうした、こんなところで……。なにか用事でもあったか?」
「ええと、えとえとえと?!」
言葉を忘れたようにくり返すカイトを、がくぽは不思議そうに見つめる。部屋に入って来て、当然のように襖を閉めた。
「……っ」
ふたりきりの空間だ。それ自体は珍しいことでもない。
ただ、今は、少し。
気分が、不埒な方向へと傾いているから。
「カイト?」
「ぅあははははいっ!」
後ろめたさから、返事が怪しくなる。
がくぽは眉をひそめて、そんなカイトの前に座った。カイトは必死にがくぽから顔を逸らす。
「…」
「…」
無言の時間がしばらく過ぎて、がくぽの手がカイトへと伸びた。
「っ」
さらりと耳を撫でられて、カイトは首を竦める。がくぽの指は、そのままカイトの短い毛をつまんで、弄んだ。
「――まあ、用事があるにせよないにせよ……」
「…?」
「ここにこうしてお主がいる以上、触りたいのが俺の心理なのだが……そこのところを理解しておるか?」
「……ええと、まだ明るいデス」
余計なことを怪しい日本語で言ったカイトに、がくぽは微笑んだ。
「それはよかった」
「?」
思わず逸らしていた顔を戻したカイトを、がくぽは抱き寄せる。浮かべる微笑みは、どこまでもきれいだった。
「どうやら考えていることが同じようだ。心置きなく、触れる」
「……えええ?!」
抵抗することを知らないカイトは素直に抱き寄せられつつ、瞳を見張る。
考えていることが同じって、つまり。
「えええ?!本気で?!」
「うむ。どうやら間違いなく理解しておるようだ」
問い返したのに、がくぽは納得したように頷く。蕩けるように微笑んで、腕の中で強張るカイトを見つめた。
「相思相愛とは、このことだな」
「…………そう、なの………?」
「そうだとも」
疑わしげなカイトに、がくぽは笑顔のまま頷く。
胸に抱きこまれて背中を撫でられながら、カイトは眉をひそめた。
これが、相思相愛ということ。
そうだとしたら。
「………それって、結構いいかも」
さみしいと思っていたら来てくれて、触れたいと思っていたら触れてくれる。
もちろんカイトだとて、がくぽが触れたいと思っていたら触れたくなるということで、さみしいと思っていたら。
笑ってしがみついたカイトを受け止めて、がくぽはその耳にくちびるを寄せた。
「結構ではない。かなり良いことだ」