夜狐こんこん
大通りから外れ、境内の端の暗がりに入った。
人ごみが途切れて、ようやく緊張が緩む。
「そこに座れそうだ」
「ほんとだ」
がくぽに腰を抱かれたまま連れて行かれ、カイトは小さな社の階段に腰を下ろした。
「………すっごい人だねえ」
「そうだな。予想以上だ」
ほとんど頽れたようなカイトの前に立つがくぽは、自分たちが抜けだしてきた人ごみを眺め、軽く肩を回した。
今年の新作浴衣を着用したうえで、近所の神社で開かれた夏祭りに出掛け――て、家族と離ればなれになるのはもはや、抗えない運命とか定められし宿業とか逃れられない宿命とか、そういうものらしい。
狭い神社に屋台が並び、涼しさの増した夜半にもなると人出はどっと増えて、大変な混雑具合だった。
弟妹はあっという間に頭のネジを飛ばして自主的にはぐれ、途中まではいっしょだったマスターとメイコとも、なんだかんだではぐれた。
がくぽとカイトがはぐれなかったのは、去年の学習をしっかり踏襲したがくぽが、カイトの腰を抱いて移動していたからに他ならない。
それにしても、あまりに大変な混みようだった。
そもそもが人ごみが得意ではないカイトだ。がくぽがしっかりと支えてくれているからなんとか進んではいたが、すでにくたくたに疲れ切っていた。
「遊ぶって感じじゃないね」
言いながら、カイトは浴衣から覗く足首に手をやる。緩く揉む動きに、がくぽは瞳を細めた。
――カイトが脆弱だと言う気はないが、夏祭りとなるとどうしても、去年の一難を思い出す。
ひとを避けようとして転んだカイトは、足首を捻って立てなくなった。
手当てして一晩したら、けろりとする程度の軽いケガだったが、心細い思いをしたカイトが泣いた、その顔を覚えている。
なにより、自分が傍にいたというのに、カイトにケガをさせてしまった、忸怩たる思い――
「痛むのか」
「え?」
ぼそりと訊いたがくぽに、カイトはきょとんとした。しばしがくぽを見上げて瞳を瞬かせてから、ようやく自分の手が足首をさすっていたことに気がつき、笑う。
「ううん、平気。ただちょっと、疲れたなって思っただけ」
「……」
自分が気に病み過ぎなのだとは思いつつも、がくぽはカイトの前に膝をつき、足首を取った。
「一寸、解しておいてやろう。固くなっていると、簡単なことで怪我をする」
「え、そんな、いいって、がくぽ。だいじょうぶ………っ」
慌てるカイトに構わず、がくぽは掴んだ足首の凝りを解すように、やわらかく揉んだ。手の中で、カイトの足がびくびくと跳ねる。
「が、くぽ……っ」
「帰るにしても、あの人ごみを越えねばならぬのだからな。用心するに越したことは……」
「がくぽっ」
丹念に足首を揉み解すがくぽの手に、カイトは手を重ねた。悲鳴のような声を上げて、足首から引き剥がす。
「カイト」
「…………や、すんだら、へーき。ちゃんと、歩けるから………」
カイトは瞳を潤ませ、気まずくがくぽから顔を逸らす。
「…………あの、ほんと………だいじょうぶ、だから」
「…」
上擦りそうになる声を懸命に押さえて言ったカイトを、がくぽは鋭い瞳で見つめる。
「あ、の………」
「………………………………………そういえばお主は、足首『も』弱かったな」
「っ」
低く吐き出された言葉に、カイトはびくりと身を竦ませた。羞恥に顔を歪ませると、くちびるを噛んで俯く。
下腹部に手をやって、もぞ、と足を蠢かせたカイトに、がくぽは炯々と瞳を光らせたまま、ちろりとくちびるを舐めた。
「あー………えと、少し、休んだらまた、ふっつーに歩けるから………っわっ?!」
慎重に言葉を選びつつ言ったカイトを、がくぽは抱き上げた。境内の脇の、雑木林の中へと分け入る。
境内から目に入り辛くなる場所でカイトは下ろされ、木に凭れるように立たされた。
「ちょ、がくぽっ?!」
「しー」
「………っ」
耳に吹きこまれ、カイトは反射的に自分の手で自分の口を塞ぐ。
がくぽはカイトを抱きしめ、下半身へと手をやった。
「ん………っんぅっ………っっ」
「硬くなっておるな」
「ぅ………っ」
「足首を撫でられただけで、こうなるか」
「ふく………っ」
浴衣の上から撫でられ、自分で自分の口を塞ぐカイトは、呻きながら瞳を閉じる。
一度くちびるを噛んでから塞ぐ手を退かすと、木と挟んで逃げられないようにと体を押さえつけるがくぽの浴衣を引っ張った。
「ちょ、ちょっと休んだら、これくらい、すぐ治まるから………!さ、触んないで…………んぅっ」
懸命に言い募るカイトの耳朶に、がくぽは齧りついた。やわらかなそこを、軽く吸う。
「…………遠慮するな、カイト。治まるのを待つでは、辛かろう。これくらい、すぐ済む」
「す、すぐ済むって、が、がくぽ…………っっ!!」
狼狽えるカイトの頬にキスし、がくぽは屈みこんだ。
浴衣の袷を割ると、下半身へと顔を埋める。素早く下着をずらし、勃ち上がりかけのものにくちびるをつけた。
「がくぽ………っ!!」
「しー…」
「んく………っ」
慌てて悲鳴を上げるカイトにしらりと言い、がくぽは逃げようとする腰をがっしりと掴んだ。背後の木にカイトの体を押しつけると、本格的に性器を口に含む。
「ん………っんゃ………っ」
自分の手で自分の口を塞いだカイトは、涙目でがくぽを見下ろす。祭囃子も歓声もほど近いところにあって、なにより身を包む空気が外だと主張する。
いくら木陰に隠れたとはいえ、ここは外で、しかもすぐ近くに大勢の人がいる――
「は………っゃぁあ…………っ」
びりびりと痛いような痺れが体を走り、カイトは堪える間もなく、がくぽの口に精を放っていた。
いつも以上に下半身が疼き、放出の余韻は長くきつい。
「ぅ………っくふ…………っ」
とても立ってはいられず、カイトは口元を押さえたまま、ずるずると座り込んだ。
最後の一滴まで丹念に啜り取ったがくぽは身を起こすと、いつも以上の感覚に震えるカイトを見下ろした。
こくりこくりとその咽喉が嚥下して、濡れたくちびるを名残惜しげに舐める。
「…………早かったな。興奮したか」
「が………くぽ………っ」
震えながら座りこみ、潤む瞳で弱々しく見上げるカイトに、がくぽはごくりと咽喉を鳴らす。くちびるを、ちろりと舌が這った。
がくぽは暗闇にも隠しきれない欲を浮かべて、剥きだされたままのカイトの足を撫でる。
「ゃっ」
「入れたい、カイト」
「?!」
瞳を見張って固まったカイトに顔を寄せ、がくぽは熱っぽくささやいた。
「一度きりだ。一度きりゆえ………」
「が……がくぽっ。だって………っ」
「一度きりゆえ………カイト」
「……っ」
強張る手を掴んで自分の下半身を触らせ、がくぽはカイトの耳朶をてろりと舐めた。竦むカイトの手が、誘われるままにがくぽの下半身を探る。
カイト以上に熱くなり、質量を持つそれを。
「なあ、頼む…………一度きりだ。それで堪える」
「……っ」
世間体やら常識やらをうるさく言うのは、がくぽのほうだ。
しかしカイトも最近、薄々わかってきた。うるさく言うが、がくぽの理性はかなり頻繁に、飛ぶ。
うるさく言うのはむしろ、自分の理性が持たないことを自覚すればこそだ。
こちらの理性が持たないから煽る行動をしてくれるな、という意味で、がくぽはうるさく世間体や常識を説くのだ。
どうにもこうにも、我慢し過ぎた片恋の季節に、いろいろと溜め過ぎたらしい。
そこへ持って来て、強請れば強請るだけ欲求を叶えるコイビトだ。
基本的にがくぽに対して抵抗を知らないカイトは、強請られるとなんでもあっさり、言うことを聞いてしまう。
「カイト………」
「…っ」
とはいえさすがに、外だ。すぐそばには人もいて、なにをどうして闖入してくるかわからない。
こく、と唾を飲みこんで、情けを乞うように見つめるカイトの手を、がくぽはさらに下半身に擦りつけた。
「やぁ……っ」
「カイト………入れたい………」
ささやきながら、がくぽのもう片方の手が、カイトの窄まりを撫でる。やわやわと入口を揉んで、指がつぷりと中に入った。
「………っがくぽ…………!」
「一度きりゆえ…………」
「……ん、だめ、そこ、………っ」
いいと言わないうちから、そこが解される。さんざんに飲みこまされ、覚えさせられた場所だ。弄られると、反射で腰が揺らめく。
「だめ………っがくぽ、ぁ………っかんじちゃぅ…………っほしくなっちゃぅう…………っっ」
カイトは自分の手で口を塞ぎ、懸命に声を押し殺す。
がくぽは構うことなく、カイトの足に引っかかっている下着をするりと抜き去り、びくびくと震える体を膝に乗せ、腰をすり寄せた。
「欲しがれ、カイト………俺が欲しいと言え。感じて、乱れろ」
「ゃ………っ」
カイトには理解不能なことに、体のすべての場所がいつも以上に敏感に尖っている。
軽く解されただけなのに、一度は果てた性器はすでに反り返って汁をこぼしているし、がくぽが求める場所はきゅうきゅうと収縮をくり返して、「欲しい」と強請る。
そして浴衣に隠されたままの胸は、触られもしないのに痛いほどに疼いて、尖っている。すれる着物地の感触だけで、体は電流が走ったように痺れた。
「カイト」
「ぅ、ふえ、がくぽ…………っ」
涙声で縋りついたカイトに、がくぽは小さく笑った。
改めて、硬く勃ち上がってカイトを求めるものを取り出すと、ひくつく場所に宛がう。
「ぁ………っ」
びくりと震えたカイトに構わず、がくぽは一気に腰を進めた。
「ふぁあ………っっ」
「………イったか」
尖り過ぎた体は、押しこまれた衝撃だけで二度目の頂点を極めてしまった。
力を失って崩れるカイトの体を軽々と抱き上げ、がくぽはきつく収縮をくり返す場所を掻き混ぜる。
「ゃ、あ、がく…………っまだ、まだ………っゃ、ぁあっ、んっ」
堪えきれずにかん高い悲鳴を上げる口を、がくぽは己の口で塞ぐ。塞がれてもくぐもった悲鳴を上げ続けるカイトを激しく抉り、ぬかるむ場所を掻き回した。
縋りつくカイトが、仰け反って痙攣する。
頂点を極めても立て続けに責められ、敏感になり過ぎたカイトは精を吹き出すことなく、感覚だけが達してしまった。
「んくぅう……………っっ」
「く………っ」
蠢き吸いついてくる襞に、がくぽは眉をひそめ、精を放った。
***
「……………がくぽのけだものー」
「……」
「けだものがくぽー…………」
「………」
背中におぶったカイトが、耳元でずっとつぶやいている。
出来る限り人ごみを避けつつ進みながら、がくぽは項垂れかける自分を懸命に叱咤した。とりあえず家に帰りつくまでは、なんとか持ち堪えなければならない。
後悔も反省も土下座もすべて、家に帰ってからだ。
「なんとかいーなさい、がくぽ」
「すまん」
「すまんで済めば、けーさつは要らないの」
「はい」
結局、腰が抜けて立ち上がれなくなったカイトだ。そんなわけで、去年の再来、がくぽにおんぶでご帰宅。
違うことといえば、今年の場合、悪いのは一方的にあからさまにがくぽで、背中に乗ったカイトは、ちょっとばかり不機嫌だということだ。
「おんもでいちゃいちゃしたらだめって、いっつも言うくせに」
「すみません」
「キスもだめなのに、だ、だめなのに、あんな………っ」
「ごめんなさい」
そもそもが「初心者」のカイトにいきなり、外でえっちはハードルが高い。
反省しきりのがくぽは、背中から降ってくるお叱りに、ひたすら謝罪をくり返した。
謝罪をくり返しつつ、落ちかける体を軽く揺さぶり上げる。
「っやっ、ぁんっ」
「っっ」
その途端にお叱りが一転、愛らしいの極みの声が降って来て、がくぽはびしっと固まり、立ち止まった。
「………………………………………………………………カイト?」
「だって、中に………っまだ、がくぽの入ってるからっ。体、ぜんぜん、落ち着かない…………っっ」
「……」
羞恥に歪んで吐き出された言葉に、がくぽはごくりと唾液を飲みこんだ。
恐る恐ると首を回し、カイトを振り返る。
「……………も、だめ、だからね?」
潤む瞳で念を押され、がくぽは首振り人形と化して頷いた。
再び歩き出す、足がさっきより速度を上げる。
帰ったら速攻でカイトの部屋。
ベッドに押し倒して諸々――それから、土下座で謝り倒し、後悔と反省。
やることリストの順番をきれいに書き換えたがくぽに気がつくことなく、カイトは広い背中に懐いていた。