家族の内訳は、マスターも含めて女四人の、男三人。
そしてリビングに出現した、オリヒメ:ヒコボシの人数は、四人:三人。
数字だけ聞くと、内訳と一致する。
数字だけ、ならば。
「……………なにゆえ、俺『だけ』織姫だ、マスター……………」
煌びやかな唐紅色の着物に、帯、そして長い髪を華やかに結い上げたがくぽは、化粧も麗々しい顔を忌々しさに歪めて、つぶやいた。
禁色織姫譚
改めて、確認しよう。
この家族の内訳は、マスターも含めて女が四人。マスター、メイコ、ミク、リンの四人だ。
対して男はというと、カイトにレン、そしてがくぽの三人。
リビングに大量発生した織姫と彦星の内訳人数は、織姫四人の彦星三人。
一瞬、齟齬はない。まったく。
しかしさらに内訳を見ると、織姫仮装をしたのは、メイコ、ミク、リンに、がくぽの四人。
そして彦星仮装をしたのは、カイト、レン、マスターの三人。
いつもいつも真っ先に女装要員とされるレンは、本日、上機嫌だった。ちょっと鬱陶しいほどに。
がくぽが織姫=女装にも関わらず、きちんと彦星=男の格好をさせてもらえたからだ。はしゃぎ過ぎなくらいだが、ある意味仕方がない。
三人掛けのソファの真ん中にふんぞり返って座る、不機嫌極まりない絶世の美女に、その前に立ったマスターは怖じ気るふうもなく首を傾げた。
「なにゆえと言われましても…………。これでいて、マスター渾身の気遣いなんですが」
「気遣い?」
「ええ。気遣いです」
眉をひそめたがくぽに頷くと、マスターはくるりと振り返った。織姫リンと彦星レンをまとわりつかせている、彦星カイトに手を掲げる。
「すみません、カイトさん!『ハウス』!お願いします!!」
「はぁ?!」
「わぉんっ☆…………?え?『ハウス』?」
反射のみで素直にお返事したものの、カイトはきょときょと首を傾げながらマスターの傍、がくぽの前にやって来る。
先にも述べたとおり、カイトはきちんと彦星の仮装だ。
とはいえ、基本はお祭りのための仮装。『牽牛』から連想される、質素な着物ではない。紺地だが、全体にとりどりの色で天の川が描かれた、非常に派手なものだ。
それでもあからさまに、織姫とは違う。あくまでも、彦星。男だ。
対してがくぽは、どこからどう見ても、『姫』。
――普段、男の扮装をしているときには男にしか見えないがくぽだが、実のところ、美麗さでは抜きん出たものがある。
レンがユニセックスであるというのとはまた違った意味で、がくぽもまた、ユニセックスなのだ。
その気になって女装などすると、傾城のと評するしかなくなるほどの美女が、爆誕する。
するが、それはそれでこれはこれだ。
「『ハウス』って、どこ、マスター?」
きょときょととリビングを見回しつつ、カイトはへちょんとがくぽの膝に腰を落とした。
がくぽにしても、いくら不機嫌ではあってもカイトが膝に乗ってきたのを、拒むことはない。腰に手を回して、自分へと引き寄せた。
引き寄せられたカイトは、ごく自然な流れでがくぽの首に腕を回す。
現状、カイトは彦星だ。そしてがくぽは、織姫。
それでも自然と、こういう形に落ち着く。それが、二人だ。
「「マスター?」」
揃って訝しい顔を向けたがくぽとカイトに、マスターは生真面目に頷いた。
手を伸ばすと、がくぽの膝にちょこなんと座ったカイトの頭をよしよしと撫でてやる。
「紛れもなく『ハウス』ですよ、カイトさん!よく出来ました!いいこいいこです!!」
「わぉおんっ☆………って、そーだったんだぁ………………っっ!!」
「マスター………っ」
――どうやら『わんこカイト』の『ハウス』は、がくぽの膝の上らしい。
肝心のカイトすらも知らなかった新事実が、こんなところで発覚してしまった。
きりきりと眉根を寄せて頭痛と戦いつつ、がくぽは説教の文句を高速で考える。
対するマスターは至極真面目な顔で、ぐっと拳を握って力説した。
「どうです?こうすると、ついうっかりお外で二人がいちゃいちゃしてしまっても、不自然さゼロ、無問題じゃありませんか?!むしろ織姫と彦星なのだから、貴様らもっといちゃいちゃするが良いとすら!!」
「ああ!」
言い切ったマスターに、納得の声を上げたのはカイトだけだった。
後ろでリンとレンは、織姫と彦星となってもそっくりの顔を見合わせる。
「え?ゼロ?不自然さゼロなの?」
「ない!それはない!!」
きょとんとするリンに、レンはぶるぶると激しく首を横に振る。
ミクもさすがに渋面で、ちちちっと人差し指を振った。
「そもそも、オリヒメの膝にヒコボシが乗っちゃってる時点で、不自然さまっくすだよ!まっくすはーとだよ、マスター!!」
「というか、たとえなんであれ、外でいちゃいちゃは許可しないわ!!」
家長が最後にびしりと締め、家族総出でのマスターへのダメ出しが決まった。
聞いていたがくぽにしても同感で、毒気を抜かれ、呆れたようにマスターを見上げる。
「そうだぞ。俺が織姫では、カイトとは蜘蛛の夫婦も甚だしい。反対であるならまだ、自然にもなろうが………」
計略を練りすぎた挙句に空転するということは、間々あることだ。
それではないかと指摘するがくぽに、総出でのダメ出しに遭ったマスターはまったくめげた様子もなく、むしろ胸を張った。
「それでは、見たままじゃないですか!」
呆れたように言って、ぴっと人差し指を立てる。
「いいですか、がくぽさん………一応は、お二人の関係は秘匿、隠さなければならないのですよ。だというのに『見たまま』では、疑惑を裏付けることあれ、隠すことにはまったく成功しません!」
「なに?」
きゅっと首に縋りつくカイトの後頭部を撫でつつ、がくぽは眉をひそめてマスターを眺める。
マスターはにんまりと笑って、立てた人差し指をくるりと回した。
「がくぽさんが彦星でカイトさんが織姫、つまりがくぽさんが『男役』でカイトさんが『姫役』。それは『見たまま』でしょう?その二人がいちゃいちゃしていたら、いくらばかっぷるに仮装しているとはいえ、『結論』は『ああやっぱり』以外の、どこに落ち着くというんです?」
「…………それは」
「?」
がくぽは膝に抱くカイトを、ちらりと見た。わかっている顔ではない。
しかしがくぽには、意味は明白だ――男同士女同士のカップルとなると、その二人にも仮に、男女の役割が振られる。
タチネコなどいろいろな表現はあれ、下世話な言い方をすれば、性行為のときにどちらかツッコむかツッコまれるかという。
がくぽが彦星=男で、カイトが織姫=女では、――確かに、そのままだ。
納得したくないものの、理屈は通っていると認めたがくぽに、マスターはこめかみの横で人差し指を回す。
「ですが、がくぽさんが織姫でカイトさんが彦星………世間一般的な、『見たまま』の感覚からは、ズレます。そこで、多少の惑乱が起こる。いちゃいちゃしている、仲がいい、でも………?そうなると、『結論』がばらけます。違いますか?」
「……………まあ」
なにかしら謀られている気配はするが、一応はまっとうなことを言っているように聞こえる。
そもそも家族はこれからこの扮装で、ご近所のイベントに出かける予定だ。
ご近所だ。
遠出したところで、いちゃいちゃしていてまずいことに変わりはないが、ご近所は輪を掛けてまずい。
しかもすべての事情を重々承知していたとしても、可愛らしい織姫に扮したカイトを見て、がくぽが己を抑えられるかどうかは、負けの決まった博打に過ぎる。
もうひとつ言うと、彦星であってもカイトは可愛い。
彦星×彦星は言うまでもなく、まずい。
織姫×織姫では、また別の意味で『見たまま』になってしまう――織姫×彦星だから、いちゃいちゃしていてもある程度は、大目に見てもらえるのだ。
がくぽの『織姫』が、彦星のカイトと殊更にいちゃいちゃしているのは、自棄を起こした挙句になにかしらキレて、ノリよくイベントに参加しているように――
「んと、なんかよくわかんないけど………つまり今日は、お外でいちゃいちゃしてもいいってこと?」
ある意味において身も蓋もなくまとめたカイトに、マスターはびしっと親指を立てた。
「その通りです!さすがはカイトさん、飲み込みの早さが驚天動地レベルです!!」
「やった!!」
「っっ」
褒められたことにか、それとも外でいちゃいちゃしてもいいということにか、とにかく歓んだカイトは、がくぽにぎゅっと抱きつく。
受け止めつつも窺うように見たがくぽに、マスターは立てた親指を、さらに前へと突き出した。おまけで、ヘタクソなウインクまで飛ばしてくれる。
「…………ならば」
最愛の彦星を抱く腕にぎゅっと力を込め、傾城の織姫はくちびるに凄絶な笑みを刷く。
炯々と輝く花色の瞳に、艶やかに過ぎる笑みを見たミク、リンとレンの三人が、そっと手を取り合って震えた。
「まづい、まづいよ。がっくんがマヂと書いて、ホンキだ」
「がっくがくのホンキなんか、見たくないよぉ、リン……………っ」
「ほんっとカンベンして、最バカ兄………っ」
救いを求めるように小さな弟妹たちに見つめられ、燦然と輝く武闘派織姫――ならぬ、家長であるメイコは、だん!と床を踏み鳴らした。
「だからっっ!!なんであっても外でいちゃいちゃは、赦さないって言ってるでしょぉがぁあっ!!!」