「あたしはメイコよ。このうちの家長だからね。敬うよ・う・に」

赤毛の女は酒臭かった。

「はいはーいっ、ボクはミクでーっす。うちの稼ぎ頭だヨ敬・え♪」

緑髪の女はネギ臭かった。

「あたしはリンで」

「俺はレンだ」

「「二人揃えば無敵の稼ぎ頭だから。敬・え!!」」

黄色髪の双子の姉弟はちんくしゃで、いろいろ論外。

無表情のまま握手をくり返しつつ、がくぽは新しい「家族」について、わりと身も蓋もない評価を下していた。

製造元であるラボからマスターの元へ引き取られて、がくぽは新しく、マスターいわく言うところの「家族」として、彼ら先輩ボーカロイドたちと共に暮らすことになった。

「家族」と一口に言っているが、旧型機と呼ばれるMEIKOシリーズに始まり、鏡音シリーズまで全員が揃っている。

いくらロイドの所有が一般的になってきたとはいえ、シリーズすべてを一家に揃えているのは珍しい。マスターの仕事によるところも大きいかもしれないが、それでも大所帯だ。

そして見たところ、全員が全員、癖が強い。

がくぽを家に連れてきたものの、

「彼ががくぽさんです。あとよろ」

の、紹介にもならない紹介で仕事場にとんぼ返りしたマスターは、最後に「仲良くしてくださいね」と言いこそしたが、聞く義理があるとは思えない。

いくらマスターが女性ながらも芸能プロデューサーであり、忙しい身であるとはいえ、もっとなにかやりようがあるはずだ。

おざなりな扱いに声高に不満は唱えないが、言いたいことは溜めておく。これから彼女によって芸能界にプロデュースされていく身なので、言いようは考えなければならない。

そして、家族たちの態度ひとつ取って見ても、仲良くする気などお互いにないと考えていいはずだ。

そう、考えていた。

最後に青色の髪の、ぽややんとした青年ボーカロイドが進み出て来るまで。

「俺はカイトだよ。えっと」

威圧的な目線で、脅迫的な自己紹介を繰り出してきたほかの「家族」と違い、カイトと名乗った青年ボーカロイドは、思わず和まずにはおれない、ほんわかとやわらかな笑顔を浮かべ、照れたように首を傾げた。

「仲良く…」

「カイトはいじめ甲斐があるわ」

穏やかによろしくしようとしたカイトに、メイコがずばっと割って入った。それに、ミクとリン、レンが続く。

「そうなのです。おにぃちゃんはいぢめられっ子キャラなのです」

「ぽやぽやしてるから、口ゲンカなんて負け負けだし」

「運動神経も鈍いから、格闘しても負け負けだしな!」

「ああ~…みんな…ひどい…」

握手のためにがくぽに手を差し出したまま、カイトは肩を落として家族を振り返った。それでも表情は半笑いで、どこか気弱だ。確かに言われるとおり、この先輩ボーカロイドの被虐性加減が見て取れて、がくぽはわずかに苛立った。

メイコ一人に言われるならまだしも、完全に後継機であるミクや、リン、レンにまで貶されて、こんなふうに笑っているなど、みっともないほどに情けない。

古臭い男性性としての思考傾向を持つがくぽにとって、カイトの態度は不快そのものだった。それをいいことに、好き勝手している「後輩」の図も。

不快さを隠しきれずに眉を顰めたがくぽの前で、双子が左右からカイトの腰に組みついた。同時に、ミクもカイトの胸に抱きつく。最後に、メイコががっしりと首に腕を回して頭をホールド。

その状態で、カラフルな四対の瞳が、ぎろりとがくぽを睨みつけた。

「だからって言って」

「おにぃちゃんをいぢめたりしたら」

「「ロードローラーで轢き潰す!!」」

つまり?

「ぺったんぺったんに伸ばして」

「ぐっちゃんぐっちゃんの挽き肉にして」

「たっぷりのネギと和えて」

「おいしく酒の肴にしてやるわよ!」

カイトをしっかりホールドして、四人息を合わせての見事な脅し。

体の自由を奪われたカイトひとりが、ぽやぽやした笑顔だった。わずかに困ったように眉尻を下げて、ホールドする家族を見る。

「みんなぁあの、初対面で、なんでそんなに攻撃的なのマスターに、仲良くしてねって言われたよね?」

「「「「甘いっっっ!!」」」」

きれいに声が揃った。息の合った家族だ。耳元で叫ばれたカイトが、目を回す。

そのカイトに、四人は容赦なく捲し立てた。

「あんた甘いわ、カイト。こういうのはね、初めが肝心なのよ!」

「そうだよ、おにぃちゃん最初にがつんとかまさにゃいかんのですよ!」

「初対面で舐められたら終わりなんだからね!」

「一撃必殺くらいの心構えでいけよっ!」

「「「「そうでなきゃ、こんな生意気そうな俺様、下僕決定」」」」

「…」

自分も身も蓋もない評価をしていたが、あちらもあちらで。

がくぽはわずかに頬を引きつらせた。

道理で、高圧的な態度を取られたわけだ。あれは示威行動だったのだ。

自分たちのほうが上だと。

耳元で捲し立てられて目を白黒させていたカイトだが、ふるる、と頭を振ると、わずかに自由になる手で双子の頭を撫で、ミクとメイコの腕をぽふぽふと叩いた。

困ったふうではあるが、浮かべる笑みはどこまでも鷹揚だ。

「うんとね、心配してくれてありがと。でも、だいじょうぶだよ」

「なにがよ」

首に腕を回してカイトの頭を抱えこんでいるメイコが、もう片手で艶やかな青い髪を掻き混ぜる。

下らないことを言おうものなら、このままスリーパーホールドに移行する気だ。

物騒な気配を感じていないのか、感じていても気にしないのか、カイトは自信たっぷりに笑った。

「がくぽはひどいことしないよ。だって、いい子だもの」

「…」

沈黙と凝固。

がくぽとメイコたち、新入りと先輩のボーカロイドたちの間に落ちた沈黙は、立場は違えど同じ意味のものだった。

いい子って?子って?!

ていうか、初対面でその自信はなに?!

発言者のカイトひとりが、悠然と微笑んでいる。凝固するがくぽを見つめ、おっとりと同意を求めた。

「ね、がくぽ」

ね、とか言われても!

「あ~あ~…」

カイトに免疫がなかったために咄嗟に応じられないがくぽに代わり、メイコがため息をついて、カイトの首を解放した。

ため息は連鎖して広がり、ミクが、リンとレンが、がっくりと力を失ってカイトから離れる。

「もう、これだからおにぃちゃんはぁ…」

ぐじぐじ言いながら、ミクは歓迎会のために用意したご馳走の中から、丸ごとのネギを取って齧りついた。調理も加工もされていない丸ごとのネギが籠盛りになっている時点でご馳走のご馳走たる所以が怪しいのだが、これに突っこむものはいない。

「まあ、これがカイトよね…。ある意味、とってもカイトだわ」

メイコは諦め口調で言って、日本酒の一升瓶を取った。そのまま、猪口に取るでもなく、枡に受けるでもなく、ラッパ飲み。豪快の一言で済ませていいのかが疑問だ。

「あれ、みんなぁ?」

わかっていない顔でちょこなんと首を傾げるカイトの両手を、双子がそれぞれがっしりと握った。

「いいのよう、おにぃちゃんはそのまんまで!」

「ほんとはあんま良くないけど、まあいいよ、そのまんまで!」

「「リンとレンのふたりで、守ってあげるから!!」」

つまり?

…つまり。

苦笑したカイトは、双子それぞれの額にキスを落として、黙然と佇むがくぽに改めて向き直った。

「えっと、改めまして」

握手のために、筋張った手が伸ばされる。

「ようこそ、がくぽ。これから、仲良くしようね」

浮かべられた笑みに翳りはなく、彼が心から自分を歓迎しているのだとわかった。

わずかに躊躇ってから、がくぽは差し出された手を握った。

その手を引き、カイトは小さい子でも相手にしているかのように、がくぽを抱きしめた。

ハグの習慣がインプットされていないがくぽは応じ方がわからず、身を固くして立ち尽くす。

頭ひとつ分下にある体からは、バニラが甘く香った。