きょうだいの仲がいいのは、良いことだ。
少なくともカイトにとって、それは常に切実な願いだ。
エゴイスティック・クレィジー
『きょうだい』と括りはしているものの、人間のそれとは違う。
自分たちはいわば、寄せ集めだ。マスターの元に『養子』に取られて、きょうだいとなっただけの関係。
だから各自で自覚のうえに振る舞わないと、このきょうだいは『きょうだい』として機能しない。
そのうえ彼らは全員、同じジャンルで個別に芸能活動を行うライバルの一面も持っているから、余計ややこしい。
だから、きょうだいが仲良くしているのを見ると、カイトはとてもほっとする。
ほっとするのだ。
ほっとするったら。
ほっとするんだってば!!
「……………うぅう」
新曲の譜面を床に置いて眺めながら、カイトはほかの家族に気づかれないように、小さく呻いた。
今日もリビングは賑やかだ。
各自の部屋を与えられていても、家族はだれもが、自然とここに集まる。
マスターは休日はいつもそうであるように自室で寝潰れているが、起きればきっとここに来るだろう。
だからといって、みんな、やっていることはバラバラだ。
カイトは陽の差しこむお気に入りの窓辺に座って新曲のおさらい中。
メイコは定位置である一人掛けのソファで週刊誌を読み耽っている。
テレビの前ではレンが、最近発売されたばかりのゲームに夢中で――
三人掛けのソファでは、がくぽがミクとリンに挟まれて、談笑中、だ。
「ぅうう~っ…………」
譜面を睨みつけて、カイトは唸る。
さっきから、全然、ちっとも、これっぽっちも集中出来ない。
常にぽやんぽやんしているようなカイトだが、こと仕事のこととなれば変わる。そこのところはまるきりマスター譲りだと言われるのだが、徹底したプロフェッショナルとなるのだ。
一度譜面を見だしたら、納得するまでは外界は完全、シャットアウト。
の、はず。
なのに。
「っきゃっはははは!」
「もぉ、がっくがくぅ~っ!」
「……………勘弁してくれ………」
漏れ聞こえる、会話。
声を潜めて話しているから、全部は聞こえない。なにを話しているのか、全然わからない。
わからない、けれど。
ずいぶんと、楽しそうじゃありませんか?!
「えーっと、いやいやいや。それでいい。それで正しい」
憤慨しかけた自分に、カイトは自分でツッコんだ。
仲がいいのは、良いことだ。
がくぽと妹たちの間には、なにか妙な距離というか、緊張があって、互いに打ち解けないふうなのが気になっていた。
だからこんなふうに楽しそうな様子を見ると、安
「もぉお~っ!がっくがく、か~わ~い~い~っ!!」
「っっ!!」
かん高く甘い声を上げて、リンががくぽの首に抱きついた。
よくあることだ。
無邪気な甘えたであるリンは、感情が昂ると男きょうだいにも平気で抱きつく。そういう衒いのないところは、片割れの永遠の反抗期少年とは違う。
カイトだってしょっちゅう抱きつかれているし、がくぽもようやくきょうだいとして認められたということで、――
***
「…」
週刊誌を広げたまま、メイコは軽く眉間を揉んだ。
載っているのは下らない三流ゴシップばかりで、圧倒的に多いのは色恋沙汰だ。
マスターは、「色恋抜きに人生は騙れませんからね!」などとうそぶくが、正直、それほどおもしろいものだとは思わない。
そう騙るマスター自身に、浮いた話が出てきたことがないし――
「………仕方ないわね」
メイコが『家長』として敬われるのは、長女だからだとか、腕っぷしが強いからだとかいう理由だけではない。
どんな状態であっても、家族のことにまめに気を配り、フォローするからこそ、専制政治を敷いても頼りにされるのだ。
週刊誌を畳んで立ち上がると、メイコは三人掛けソファへと歩いて行った。
盛り上がる――ひとり、確実に盛り下がっているが――三人の前に行くと、軽く手首を振る。
「いたっ?!」
「きゃんっ?!」
「っ!!」
スナップを利かせて、三回。
「ちょ、めーちゃん?!」
「なになになぁに?!」
いきなり頭を叩かれた妹たちは、きゃんきゃん吠えながらメイコを睨み上げる。
基本、女きょうだいには忍従の姿勢を貫くがくぽは無言だが、瞳が抗議している。
その三人に、メイコは無言で窓辺を指差した。
正確には、窓辺からこちらを見つめたまま、凝固しているカイトを。
「………おにぃちゃん?」
ミクがきょとんとして首を傾げる。
悪魔の本性を持つと恐れられる彼女だが、ときどきひどく鈍い。そこがマスターに敵わない点だと、メイコは贔屓ばりばりに分析する。
メイコは同じようにきょとんとしているリンの首根っこを掴むと、がくぽの上から下ろした。
「行きなさい」
「?」
「いいから行く!!」
不思議そうに首を傾げるがくぽに、カイトを指差し、メイコは鞭打つ声で命じる。
「あ!あー、あーあー!!」
「え、やだやだ、もしかして?!」
ようやく姉の意図に気がついた妹たちが、瞳を煌めかせてメイコを見上げた。
メイコはそんな妹たちに、顔をしかめて頷いてみせる。
「「きゃああああああっっvvv」」
「?!」
唐突な歓声に、がくぽはびくりと身を竦ませる。そのがくぽの背を、妹たちは力いっぱい叩いた。
「行っていって!」
「早くはやく!!」
「…」
妹たちが瞳を輝かせることに乗ると、ロクな目に遭わない。
いやな学習をしているがくぽが、眉をひそめて躊躇う。
メイコはフッと笑うと、拳を鳴らした。
「行きたくないっていうの……………………?」
「イッテマイリマスオネエサマ」
しゃきん、と背筋を伸ばして跳ね上がり、がくぽはカイトの傍らへと行った。
***
「――カイト殿」
「…っ」
呼ばれて、カイトははっと我に返る。
いつの間にか、がくぽが目の前にいる。
「その――大丈夫か?」
「っっ」
膝をついて顔を覗きこみ、がくぽは心配そうに訊く。
瞳を見開いてそのがくぽを見つめ、それからカイトは無言のまま、ふいっとそっぽを向いた。
がくぽの顔が、正視出来ない。
「カイト殿?」
その態度に、がくぽの声が揺れる。
それもそうだ。
心配してやって来たのに無視されて、そのうえそっぽを向かれるなんて。
「う」
混乱する思考回路に、カイトは固まる。
きょうだいの仲がいいのはうれしい。
がくぽとみんなの仲がいいのは、いいことだ。
がくぽがひとりきり、家族の中で孤立するなんて、考えるだけで泣きそうになる。
そう考えるのはほんとうだ。
嘘などない。
――はずなのに。
その考えを押し潰す勢いで、叫ぶ自分がいる。
さわっちゃだめ!
わらっちゃだめ!
しゃべっちゃだめ!
おれいがい、みたらだめ!!
まともな考えではない。
「ぅ………うぅう」
「カイト殿?」
がくぽにはがくぽの世界があって、付き合いがあって、関係がある。
それなのに、どうしてこんな。
だれかと『共有する』という考えが、どうしても、受け付けなくて。
「ぅ……っふぇ」
「カイト殿っ」
混乱のあまりに泣き出したカイトに、がくぽの声が揺れる。
悪くない。
がくぽは悪くない。
悪いのは、おかしな考え方をする自分のほうだ。
ごめんねと言いたい。
にっこり笑って、なんでもないよ、と。
言いたいのに。
「ふ、ふぇえ、ぃっく」
ぼろぼろと涙がこぼれて、なにも言葉にならない。
泣きたくなんてない。
泣いたりしないで、ちゃんと、言わないと。
言わないと、いけないと思うのに。
「ふぇ、ふぇえっ、っく、ひぅ、っ?!」
しゃくり上げる体が、ふいに強い力で抱き寄せられた。
「ん、んくっ、っふ、………がく、ぽ?」
「泣くな」
しゃくり上げながら身じろぐと、きつく抱きしめられた。
低い声が、まるで泣いているかのように密やかに、ささやく。
「なんでもしようから――泣くな」
「ん、っく」
抱きしめられているのに、縋りつかれているようだ。
泣いているのはカイトなのに、がくぽのほうが辛そうで。
「っ、ひく」
涙は止まったものの、名残りでしゃくり上げながら、カイトはがくぽの背に腕を回した。さらりとした髪の感触に、こころが震える。
つい力がこもって爪を立ててしまったが、がくぽは怒らなかった。
ただ、抱きしめる腕に力がこもるから。
「………ふぁ」
気が抜けて、カイトはがくぽの肩に頭を凭せ掛けた。
さっきまで荒れ狂っていた思考が、穏やかだ。どうしてあれほど荒れていたのか、もうわからない。
がくぽは自分の腕の中にいて、自分はがくぽの腕の中にいる。
「ふゃや………」
甘えるように顔をすりつけると、がくぽの手がやさしく頭を撫でてくれた。
思わず笑ったカイトに、それでもがくぽは腕の囲いを解こうとはしなかった。