The Gravy was Wonderful Hot
床座での食事が、いつものことだ。しかし今朝に関しては、がくぽはキッチンに面するカウンターに朝食の皿を並べた。
そのうえで、リビングの床に座り込んでいた奥さんを招く。
「カイト、来い」
「はい」
基本的に、日常の雑多なことに関して、カイトはがくぽの言うことやることに逆らわない。
自分がそういったことの知識もスキルも、まるでないという自覚があるからだ。
それで今日もカイトは逆らうことなく、素直に立ち上がるとカウンターにやって来た。そのまま、二脚ある椅子のひとつに座ろうとする。
「待て、こちらだ」
「………はい…?」
言葉のみならず腰を抱かれて招かれ、カイトは瞳を瞬かせながら、椅子に座るがくぽの膝に乗った。
横抱きにされて、首を傾げる。
「がくぽ?」
「口を開けろ」
「……」
訝しく見れば、旦那様は笑って言って、カイトの口にスプーンを運ぶ。
訳がわからないまま、しかしスープをこぼしてしまっても、もったいない。
「………いただきます」
カイトはとりあえず口を開き、差し込まれたスプーンを咥えた。
二口ほどスープを舐めさせると、がくぽはスプーンを置き、サンドイッチを取った。それをやはり、カイトの口に運ぶ。
「ほら」
「…はい」
おとなしく口を開き、カイトはサンドイッチを噛み切る。
咀嚼する間を挟み、飲み込んだとみると、がくぽは再びサンドイッチを――
「……??」
首を傾げながら食べさせられていたカイトだが、あまりに楽しそうな旦那様の様子に、まあいいかと割り切った。
たまにおかしな遊びを思いつくのが、カイトの旦那様だ。
おそらく今日の旦那様は、奥さんをめいっぱい、甘やかしたい気分なのだろう。
がくぽの給餌は丁寧で、しかも奥さんの癖を熟知したものだった。
いつもいつも、カイトが食べる順番をきれいになぞって、料理は口に運ばれる。
なおのこと不快さもなく、カイトはおとなしく食べさせられていたが、ややして気がついた。
カイトに食べさせるばかりで、がくぽが一口も食べていない。
「……旦那様」
「ん?これではないか?」
フォークに刺したトマトを差し出していたがくぽが、微笑みながらも訝しげに首を傾げる。
カイトはわずかに言葉を考え、それから放り出して、がくぽの分と思しきサンドイッチを手に取った。
「あーん、してください」
「……」
差し出されたサンドイッチを、がくぽは凝然と見る。
カイトは辛抱強くサンドイッチを捧げ持ち、旦那様が口を開いてくれるのを待った。
カイトに、旦那様ほどの器用さは、ない。
だから、食べる順番も作法も、なにもわからないけれど――
「……あー」
ややして笑み崩れたがくぽは、素直に口を開いた。
カイトの顔も綻び、丁寧な手つきでがくぽの口にサンドイッチを添わせる。
噛み切って咀嚼したがくぽは、愛しげに瞳を細めて奥さんを見た。
「美味い」
「……そうですね」
あなたがつくったものでしょうとは返さず、カイトもうなずいた。
「俺も、そう思います」
ただ笑ってそう応えたカイトの口に、再び料理が運ばれる。
その合間合間には、カイトもまた、旦那様の口に料理を運んだ。
「………こういう食事も、楽しいですね」
最後のスープを啜ってつぶやいたカイトの頬に、がくぽは軽く、くちびるを触れさせた。
「そなたが望むなら、毎食でもしてやろう」