さっとカーテンが開かれ、眩しい光が部屋に入りこむ。
そして半覚醒状態にあったがくぽが眉をひそめ、瞼を開くより先に、勢いよく布団が剥がされた。
さらに。
「おっはーんっ、にぃにっ!!」
うちのおとーとは、朝からとっても元気です。
「ぐぇっっ!!」
どっすん、と腹の上に飛び乗られ、がくぽは潰れたカエルのような呻き声を上げた。
ひとの腹の上に無遠慮に飛び乗った弟のほうは、愉しげに体を揺する。公園かなにかの遊具と、勘違いされているのではないかと思う。
「あっさぁ~♪朝だよん、にーにっ♪あっさがっきたぁ~♪」
「か………カイ、…………おま……………」
明るい声で元気よくさえずる弟に対し、がくぽのほうは朝からすでに、死にかけだ。
確かに、弟は自分より小柄で、軽い。
しかし、きちんと成人体だ――軽さにも、限度というものがある。
さらに、起き抜け。
警戒して腹に力を入れていれば、それでも受け止めてみせるが、油断してだるだる。そこにジャンピング。
「おねぼーさん:にーには、何時まで寝てる気なの♪」
何時までというか、軽く永眠しかけたところだ。
朝から楽しそうな弟を腹に乗せたまま瞼をこすり、がくぽは首を巡らせて時計を見た。
八時だ。
「マスターはもうとっくに、ゴハン食べてお出かけしちゃったよ。にーにはほんっと、朝が弱いよね!」
「………」
呆れたように言うカイトに、がくぽは言い訳に口をもごつかせた。
弱いわけではない。単に、寝た時間の問題だ。
むしろ理解出来ないのは、同じくらいの時間に寝たはずの弟の、朝の元気さ加減だ。
そもそもカイト属するKAITOシリーズは『旧型』と呼ばれ、がくぽなどの新型と比べると低スペックで、どちらかというと起き抜け――朝が弱いはずだ。
朝が強いのは、新型のほう。
だが朝から、この弟の元気さ――
もしかして弟は変種かなにかなのだろうか、などと下らないことを考えながら、がくぽは手で瞼を覆った。部屋に入りこむ光は眩しく、目が痛い気もする。
八時ともなれば、確かにもう、起きてもいい時間だ。いい時間というより、起きなければいけない。
ましてやマスターがすでに仕事に出掛けたとなれば、ロイドとしてこれ以上の惰眠を貪ることは、気が引ける。
そもそも見送りが出来ていない時点で、どうなんだ、という感もある。
諸々すべて、わかっている。わかってはいるが。
「あと五時間……………」
「……………『あとごじかん』…………………」
ぼそりとつぶやかれた兄の言葉を笑顔でくり返したカイトは、ひくりと引きつった。
あと五分、ではなく、五時間。
五分、十分ではなく、一時間でもなく、五時間。
分単位を遥かに超えて、時間指定。
「にーに!にーにはもうちょっと、ケンキョさとか、そういうものを身に着けようよ!あと五時間ってなに?!五分ならともかく、五時間って!!五分でも寝かす気はないけど、五時間はいくらなんでも、遠慮がなさ過ぎでしょ?!」
「あー……………」
胸座まで掴んで揺さぶるカイトに、がくぽはひたすらに呻く。
その兄の胸座を放すと、カイトは胸を張った。
「にーにみたいなのを、ジダラクって言うんだからね!!」
「あーあーあー………」
偉そうに言われ、がくぽは眉をひそめて額を押さえる。
億劫な手を伸ばしてカイトの腰を捕まえると、しっかりと腹の上に固定した。
「よしよし、カイトは賢いな!で、『ジダラク』っていうのは、どういう漢字を書くんだったか」
「え?………え、え、かんじ………?」
押さえつけられてももぞついていたカイトが、ぴたりと止まる。そのままうんうんと唸りながら、考えこんだ。
しゃべり方からしてどうも怪しかったので突っ込んでみたが、合っていたようだ。漢字が当てられていない。
そうなるとおそらく、意味も正確には理解していないだろう。
そういう微妙におばかなところが、弟の愛らしさの最たるもののひとつでもある。
とりあえずは考えこんだことで大人しくなった弟に、がくぽはこの隙にと惰眠に戻りかけた。
そこを見過ごしてくれる弟ではない。
「って、にーに!そうやってゴマかさないの!!カイトのことナメんな!!」
「ったた、わかったわかった………腹の上で暴れるな!大人しくしろ!」
再び腹の上で暴れ出したカイトに、がくぽは悲鳴を上げる。だから、眠くて筋肉がだるだるに緩んでいるのだと。
これが鏡音シリーズくらいのサイズであれば大して痛痒も感じないだろうが、カイトのサイズでそれは、さすがに無理だ。
かわいいとは思っても、そこのところは超越出来ない。とはいえ、カイトが鏡音シリーズのようになればいいと思っているわけではない。
暴れられると閉口するが、この重みが心地いいのは確かなのだ。
そう、心地いい――
「にーに、っわっ?!」
「よしよし………」
がくぽは力任せにカイトの体を引き寄せると、自分の傍らに横にならせた。驚いてもがくのを抱きこんで押さえ、幼い子でも相手にするように、背中をぽんぽんと叩く。
抱き寄せた弟の肩口に顔をすり寄せると、仄かに体臭が香って、さらに抱く腕に力が篭もった。
「ちょ、にーに、いたい………っにーにっ?!」
「にーにが添い寝してやるからな、カイト。ほら、ねんねねんね」
「ねんねって、にーにっ!」
適当なことを、今にも寝こけそうな惚けた声で言う兄に、カイトは瞳を吊り上がらせた。
朝だ。八時だ。お日さまはとっくに昇っている。
そもそも、『ねんね』とあやされる年頃ではない。
「にーにっ!!」
声を爆発させた弟に、しかし眠りに固執する兄は構わなかった。
あくまでもあやすように背中を叩きつつ、暴れる体を目いっぱい力いっぱいに抱きこむという離れ業を披露して見せる。
「カイト、にーにの添い寝だぞ?うれしくないのか?カイトはにーにの添い寝なんか要らないか?そうか、カイトはにーにに添い寝してほしくないのか………」
「にー、にーに?」
畳み掛けるように訊かれて、カイトは口ごもる。
がくぽは弟の肩口に擦りついたまま、おとなしくなった体をさらに抱き寄せた。
「カイトはもう、にーにの添い寝が要らない年なんだな……にーには寂しいなあ………」
「え、ちが、にーに。カイト、にーにに添い寝してもらうの好きだってば!ぎゅってだっこされて寝るの、大好きだよ!」
年を考えると駄目な方向で主張する弟に、がくぽはわずかに苦笑う。そこがまたかわいいし、こちらの思惑通りでもあるのだが、それとこれとは別で、微妙に思わしくもある。
しかしとりあえず、そういった諸々のことは置いて、今はとにかく惰眠だ。
がくぽはカイトの背中をとんとんと叩く手を移動させ、後頭部を撫でた。さらりとした髪の感触が気持ちいい。
「ならば、にーにの隣でおとなしく寝ような。添い寝して、だっこだっこで」
「ん、うんっ」
勢いで頷いて、カイトはもそりとがくぽに擦り寄った。抵抗を示して強張っていた手ががくぽの体に回って、縋りつくように寝間着を掴む。
弟の将来を憂えることは惰眠後に任せることにして、がくぽはもぎ取った勝利を噛みしめるべく、体から力を抜いて、瞼を閉じた。
「ん………」
カイトが首を傾げ、肩口に埋まる兄の頭に顔を埋める。
さらりとした髪の感触に束の間細められた瞳が、すぐに大きく見開かれた。
「ちっがぁああああうっっ!!」
「…………ぅうう」
油断して力が抜けていた兄の腕を跳ね除け、カイトはがばりと飛び起きた。がくぽの体を怒りのままに転がすと、仰のけにした腰に再び跨る。
「そうやってなんだかんだで寝ようとしない!!何時だと思ってんの、にーにっ!!いいから起きてゴハン食べて、今日もカイトと遊べ!!」
「ぅうう~……………っ」
腹の上で暴れるだけでなく、胸座を掴んで揺さぶられ、爆発する声に、がくぽは力なく呻いた。