B.Y.L.M.
ACT1-scene9
カイトを『花』に喩え、己が傍らで咲けと強いたのは、南王だ。
それがどういった喩えで、どういった意味を含むのか――
人智を超えたという意味で『魔』の冠とともに語られる南王は、求めてももとめても答えを明かさなかった。
ただひたすらに、『花』だと。
カイトは『花』なのだと、くり返す。
がくぽはカイトの騎士だ。カイトに仕える、カイトの従属騎士団に所属する、騎士だ。
王太子の騎士団であれば、入団前の身辺調査はどこよりも入念に行われ、がくぽは『潔白』の印を得ればこそ団員を、カイトの騎士を名乗っていたはずだ。
軽く目を通しただけの調書にも、ことにカイトの目を引くような記述はなかった――少なくとも中身のほとんどを記憶していないとは、そういうことだ。目を引く内容がないからこそ、記憶にも残らない。
騎士団長などから、記録としては残せないがと、別個で耳打ちされたこともない。
もしもがくぽの出身が、哥の国ではないとしたら、――
必ず記録に残され、カイトの印象にも残ったはずだ。否、それ以前におそらく『王太子の』騎士団には、所属できなかった。
『王太子の』でさえなければ道もあろうが、しかしがくぽは王太子たるカイトの従属騎士団で、騎士の号を得た。
見習いとして入った彼を叙勲し、正規の騎士として剣を授けたのはカイトだ。
叙勲に際しては、実力が計られるのはもちろんのことだが、その段階でもまた改めて、『王太子の正騎士』たるに問題はないか、徹底した身辺調査が行われる。
叩いて出る埃がなかったからこそ、がくぽは若年であっても騎士と成った。特例ではあるが異例ではなく、通常の手順、正統の手続きを踏んだうえの――
前提が覆っていく。
けれど同時に、これまでの経緯の不自然さ、不可解さは解消されていく。
払拭とまではいかないが、不透明であった景色が晴れ、垂れこめていた紗幕が上がり始めた感がある。
カイトを『花』と呼び、欲したのは南王だ。世界の南方の大半を治め、人智を超えたという意味で、『魔』の冠とともに語られる存在。
『花』がなにかは、知らない。わからない。
訊いても、南王は答えなかった。答えられなかった。まずその問いが届かないからだ。
だからカイトをはじめ哥の国では、それをひとの感覚としてもっとも近しい形、『妻』として嫁して来いということだろうと、解釈した。
哥の国、あるいは西方でひとを花に喩えるならそれは女性のことであり、欲するなら『妻として』ということだったからだ。
男を妻とする習慣などには馴染みがないが、南方の風俗は奔放で知られる。男が女がと言い立てないのはもとより、ひとがひとと番うとも限らないという。
そう――
カイトには違和感しかなかった、男でありながら男に嫁すという発想、男を『妻』として求める発想。
さらには道程で、がくぽが馬相手にうたった、うただ。否、『うたう』に聞こえる韻律の言葉だ。
カイトが学んだ限り、記憶にある限り、あの言葉を主として使うのは――
そしてなによりも、あまりにも変わった気候だ。哥の国の、否、哥の国を含む西方の、常に砂が香るような乾いてひりつく空気ではなく、そろそろ寒くなろうかという季節ともまるで変わった、湿気とともに濃く、花や緑や果実が香る空気と、初夏に近い陽気。
たかが馬車の移動で、うたた寝をした程度の時間で至れる距離ではないからと、ずっと否定してきたが、もはや手段がどうのという話ではない。
間違いない。
ここは――、がくぽとは、
「がくぽ、おまえ、っぁっ!」
愕然とくちびるを開いたところで、おそらくカイトの懸念を察したのだろうがくぽが、強引に続きを再開した。
放出したことによってしなだれたものの奥、さらにその後ろにある場所を探られる。
そこは排泄器だ。少なくともカイトが認識する限り、排泄の用途しか持たない場所だ。
しかしがくぽは迷いもためらいもなく辿り、そこに指を這わせ、探る。
「なに、っ」
衝撃に引いた腰を、けれど指は逃がさず追ってきた。どころか逃げた以上に深く、押しこんでくる。
「がくっ、ぅ」
「男同士ですから」
衝撃と突き上げる不快感、未知への不安に歪むカイトの顔をおそろしく平坦な瞳で見つめ、その反応を用心深く観察しつつ、『夫』となる少年はぼそりとつぶやいた。
「番うなら、ここを使います」
「っぃっ、ひ、くっ……っ」
つぶやきを、聞き取ったような気もするし、空耳だったような気もする。
確実なことは、ひとつだけだった。
この直前に閃き、夫となる相手に突きつけるはずであった考えは、過ぎる衝撃と感覚にすっかり飛んで、彼方に置き去りとされたという。
少女とも見紛うような少年とはいえ、さすがに騎士だった。それも正規のだ。
剣を握り振るう指は見た目の造作はうつくしくとも硬く強く、無視しようにもしきれない存在感を持ってカイトの腹内を探り、弄る。
そんなところを弄られたことなど、ついぞないし――弄ることがあるなど、思ったこともなかった。ましてや、同じ男と番うために使うなど。
がくぽの判断にためらいはなかったし、動きに迷いもなかった。
だから、この、カイトよりずっと年若の『夫』にとって、それはやはりごく普通の、通常のことなのだ。実際に経験までしたことがあるかどうかは置くとしても、少なくとも異常なことではない。
「が、く……っぅ、っ……っ」
「少し……」
それにしても、不快さと痛みが強い。
痛みはおそらく、緊張から体に力が入り過ぎているためだ。が、なぜそうも過ぎるほど緊張するかといえば、不快だからだ。
そこを弄られるのは不快だし、腹の内を探られることもまた、違和感以外のなにものでもなかった。
カイトは息を詰め、くちびるを噛み、それでも足らずに口元を手で覆い、きつく目を閉じた。竦む体が勝手に逃げるが、耐えようという気にならない。
恩もあるし、少年のことは正直、かわいらしいと好意的な思いを抱き始めてもいる。
しかしそれで耐えられる範囲を超えて、これは悪かった。限界突破もいいところだ。
脂汗を滲ませてじりりと逃げるカイトを、もちろん大人しく逃がすような相手ではない。逃げた分だけ距離を詰め、それ以上に寄って抑えこみながら、がくぽもまた、息を詰めて内部を探る。
「もう、あと……」
「っふ、ぁっ?!」
なんとか耐えきってくれと、どこか哀願を含んだつぶやきが、幾たびか。
そう長い時間ではなかったが、ひどく長く感じる時間のあと、がくぽの指が掠めたところから走った感覚に、カイトは堪えきれずに悲鳴を上げた。きつく閉じていた瞳が、驚愕に見開かれる。
「ひ、ぃ、あっ?!ぁ、がく、ぁくっ、ぽ、っ」
みっともないとは思っても、裏返った、かん高い声が止められない。カイトは背を仰け反らせ、逃げを打つが、その意味が先とはまるで違う。
勝手に滲む涙を散らして瞬く視界が、ちかちかとした星を飛ばした。
「………ここか」
突然の感覚の変異に戸惑うばかりのカイトに対し、がくぽのほうは、どこか安堵したような響きでつぶやいた。
ほうっと、肩からも力を抜きつつ、カイトの内に潜りこませた指には力をこめる。
「ゃ、あ、やめっ!ぃや、そこっ、ひ、……っ!」
強くつよく押されても、先までの不快感はない。どころか、背筋に痺れるほどの快楽が走っていく。
逃げるというより反射的な動きで背を仰け反らせ、カイトはひたすら首を横に振った。自分の体がどうしてしまったのか、まるでわからない。
それこそ生娘の態で怯え震えるカイトに、伸し掛かるように身を乗り出した少年は口の端を緩めた。
「案ぜずとも、………悦楽の壺です」
「な、っぁっ!」
驚愕を宿して凝視したカイトへ、がくぽは強調するようにそこ――やわらかな内部にあって、ほんのりとしこった感触を伝える場所を押す。
瞬間、突き上げるのが快楽で、カイトは言葉も継げずにただ、仰け反った。
一度は萎れきった、自分が男であるという象徴が、力を取り戻していくのがわかる。それも、未だ触れられずというのに、じりじりと痺れるような感覚を伴って。
溢れそうな感覚に、カイトは堪えきれない涙で潤む瞳をがくぽに向けた。正面から受けた幼い夫の瞳が、とろりと淫靡に蕩ける。
「あるのですよ、男にも……女のように、突かれて悦ぶ場所が」
「………っ」
ひどく衝撃的で、否定したかった。
したかったが、今、がくぽに刺激されてカイトが返す反応は、それ以外のなにものでもない。
カイトは男であり、あくまでも女性器に自らの雄たる器官を突き入れることでのみ、快楽を得るはずだった。
しかし排泄器としか思っていなかった場所に異物を突き入れられて、否定しようもない快楽に溺れこまされている。
未だ不快感と違和感は付きまとい、完全に払拭されてはいない。けれどそれを上回る快楽が確かにあり、蕩けていく体がある。
この年にもなって、ひどい裏切りもあるものだと――
せめて逃そうとした思考も、少年の指に掻き混ぜられ、引き戻されて逃がしきれない。
じゅわりと、喰らう『夫』の指から体が蕩け、ほどかれていく。自分は男で、突き入れる側なのだがと、そこはかとなく抱き続けていた思いも崩れ、疼きが全身に広がり侵していく。
「ぁ、あ……っ、ゆる、し、………っっ」
「…っ」
指の動きに惑乱しながら容赦を乞うカイトに、がくぽはふいと、くちびるを引き結んだ。
淫楽に一度は潜んだ翳りが、少年の瞳を再び濁らせる。
「『赦す』など」
「ぁ、あぅう、ひぃっ……っいっ!」
ひと際強くそこを刺激し、カイトに堪えきれない悲鳴を上げさせ――
「………『赦す』など。俺は、知らない。俺には、……できない」
堪えきれない苦しいつぶやきをそれに紛れさせ、消す。もう一度、く、とくちびるを引き結ぶと、瞼を落とした。
次に開いたとき、少年の瞳にはもはや、迷いや惑いといったものはなかった。だからと清明さを取り戻しもしなかったのだが。
「――『初めて』で、いらした。ならば少しう、体を変えましょう」
咽喉から懸命に押しだすようにして言いながら、少年は自らの言葉によって再び昂奮を掻きたて、瞳を淫楽に染める。
「少し……」
「な…に、っ?」
後孔に与えられた未知の、なにより強く激しい快楽に身動きもままならないカイトを、体格としては総合的にどうしても劣る少年は、しかし軽々と、易々と転がした。
言っても騎士だ。剣こそがもっとも得手ではあるが、体術の心得もないではない。否、カイトの騎士団においては機動性を上げるため、体術をことに重視する風潮があった。機動性を重視して採用した、革製の軽装鎧で落ちる防御力を補うためだ。
がくぽも正騎士である以上、剣術はもとより、体術もそこそこの階級にまで達しているはずだ。
ときに、自分よりはるかに大きく重く筋肉質な相手や、重装鎧を着こんだ相手をも投げ飛ばし、転がすような体術だ。
快楽に蕩けきって身動きもままならず、抵抗の意思すら浮かべられなくなっているカイトを寝台の上で反転させる程度、赤子を扱うも同じだろう。
とはいえ説明もなく突然、背を返されたカイトだ。
「がく…っ?!」
なにをされるのかと、カイトが慌てて振り返ろうとするのを、がくぽは伸し掛かるように肩を押して止めた。
「男の体であり、初めてであるなら、こちらのほうが楽です。身体的にも、――視覚的にも」
「な、ぁ…っ、――っ?!」
カイトの耳に言葉が届き、理解が及ぶ――のを、少年が待つことはなかった。
転がしたカイトの、快楽に蕩けて崩れる腰を素早く掴み上げると、がくぽはとうとう、自らが夫である証を、その洞へと突きこんだ。