けやけくひとの

闇の中、くすくすと密やかに、笑う声。

甘く、やわらかで、そして扇情的。

身を屈めて舌を伸ばすがくぽの頭を、笑うひとはなめらかに撫でる。

ちゅぷちゅぷと。

ひっきりなしに上がる水音は、がくぽの舌が舐めしゃぶるそれ。

顔を埋め、止まることなく夢中になって舌を閃かせるがくぽに、舐められているほうは愉しげだ。

くすくす笑いをこぼして、さらに押し付けるようにも、宥めるようにも取れる手つきで、がくぽの頭を撫でる。

ぢゅるる、と。

――ぁは。

一際激しく吸い上げると、くすくす笑いはあからさまな艶笑へと変わった。

――がくぽさま。

熱を孕んで甘く蕩ける声が、己の下半身に埋まり、ひたすらに奥所を舐め啜るがくぽへと、重く滴る。

――がくぽさま。ね………そんなに、夢中になられて。

わずかに顔を上げて見やると、淫蕩に崩れてなお愛らしいおよめさまは、ちろりとくちびるを舐めた。

いつもとは違い、嗜虐の悦びに染まって、見つめるがくぽの顔を両手に挟む。

持ち上げて寄せると、無邪気に笑った。

――ね、がくぽさま………そんなに、俺の好きですか…………?

ぱちりと瞳を開いたがくぽは、まだ暗い座敷の天井を睨みつけた。

外の気配は、そろそろ夜明けだと白んでいるようだが、閉ざした座敷の中は未だ夜の闇の中だ。

しばらく天井を睨んでいたがくぽは、ぶすっと吐き出した。

「なぜそこで目覚める」

――おそらくは自分への詰問であり、叱咤だ。答えられるものがいない。

同じ布団に入って傍らに眠るおよめさまのほうは、未だ夢の中だ。昨夜もほどよく苛んだし、明けやらぬうちに目を覚ますことはないだろう。

ますますもって、答えられるものがいない。

至極不満そうに顔を歪めたがくぽだったが、眉間に寄った皺はすぐに消えてなくなった。

「いや。目覚めて良かったか」

つぶやくと、感触を思い起こすようにちろりとくちびるを舐める。納得して、頷いた。

「そうだな。やはり………」

そこまでつぶやくと、がくぽは顔を横に向けた。

「すぴ」

カイトは心底から安らいで、夫の隣で寝解けている。

暗いせいもあってか、その表情はひどくあどけなく、幼くも見えた。

女の形をしているせいだけでなく、いつでも無邪気で愛らしいカイトだが、こうして穏やかに、がくぽを信頼しきって寝こけているさまは、なおのこと――

「すぴ…………す、……す…………ん、ん…………んぅ……………っ??」

健やかな寝息が不自然に途切れ、カイトは目を閉じたまま、もぞりと身じろいだ。

もぞもぞもぞもぞと身じろいで、しばらく。

愛らしい顔がくしゃりと歪んで、次の瞬間。

「っひぁっ、ひゃぁあんっ?!」

あられもない声を上げると、カイトはがばりと飛び起きた。

とはいえ、起きるにはまだ早い時間だ。昨夜の疲れもある。

すぐに眩暈を起こして、ふらりと布団に倒れた。が、落ち着けたわけではない。

「ぁ、あ、ぁんっ、ゃあ………っ、ぁあ、ひぁあんっ………」

じたじたともがきながら、ひっきりなしに甘い悲鳴を上げる。

しかしそうやって懸命にもがいても、一向に逃げられない。

「ん、ぁ、もぉ…………っ、ぅ、んくっ!」

カイトはもがくことを止め、寝起きで緩む体にきゅっと力を入れた。こくっと息を飲んで気力を掻き立てると、布団を掴む。

がばりと開きつつ体を起こすと、整えきれない荒い息のまま、叫んだ。

「がくぽさまっなにをしていらっしゃるんですかっ?!!」

「んー?」

詰るように問われた夫のほうは、むしろひどくのん気に鼻を鳴らした。ちらりと目線だけ上げると、口をつけた場所を、ぢゅるりと音を立てて啜い上げる。

「っぁうっ」

「…………見ての通り、舐めているが。そなたの――」

「訊いているのは、そういうことじゃありませんんんっ!」

しらりと答える夫に、カイトのほうは息も整えられないまま、叫んだ。

見ての通り――

布団の中に潜り込んだがくぽは、カイトの足の間に入っていた。そこまで潜るとさすがにがくぽの体の下のほうは外に出るが、問題はそうではなく、なにをしていたかだ。

閉じられた足を開いて中に体を入れたがくぽは、のみならず、さらに大きく開かせると、寝間着を割って晒された窄まりに顔を埋めた。

昨夜もさんざんに苛み、蕩かした場所だ。がくぽの雄を受け入れ、そこは本来の慎ましさを忘れて緩み、貪欲に夫を味わった。

しかしもちろん、寝る前にはきちんと清めてある。昨夜はそこで恥らうおよめさま見たさに、『本番』をわざと軽く済ませた。

がくぽが本気で励むと、およめさまは疲労困憊のあまりに意識を失うか、朦朧としてしまって、こちらの思惑ほどに恥らわない、いや、恥らえない。

だからわざわざ、不思議そうにされながらも軽く済ませて――

清めているだけなのにと、夫に笑われながら抵抗もままならずに羞恥に震え、己のあまりの淫らさに涙を浮かべるカイトもまた、本番に勝るとも劣らない好さだった。

もちろん、カイトが淫らなのではない。がくぽのやり方が、煽っていたのだ。

しかし最中のカイトに、そこまで考えられる余裕はない。考えられる余裕を与えるがくぽでもない。

体の負担ともあれ、精神的に疲労困憊に追い込んで、機嫌よく寝て――

「なんでこんな時間にっまだ、明けてもいないですよね?!いったい、どうしてっ」

「いや、外はそろそろ、白んでいよう閉ざしているから暗いが……」

「そういうことを言ってるんじゃないんですぅううっ!!」

埒の明かない問答の間にも、がくぽはしつこくカイトの足を掴んで割り開いている。目線こそ上げたが、口を離す気はないらしい。

話すたびに、唾液でしとどに濡らされた場所に吐息が当たる。

逃げようにも、カイトはがくぽ相手だと抵抗力が落ちる。

そもそもは俊敏だし、力弱くとも、それを補う体術を修めてもいる。しかしそのすべてが、夫相手には満足に発揮できない。

主に夫への深い愛情ゆえに、心身が蕩けきって。

じたじたもがいても、がくぽの手を振り払えるほどではない。およめさまの体術のほどを知っている夫はだから、本気で嫌がっていないと判断する。

ので、離れない。

無闇な愛情はかなり頻繁にカイトの生活を不自由にしたが、本人が自覚したところで、『だって、大好きなんだもん』で思考が閉じてしまうため、対処法はないのが現状だった。

「がくぽ、さま……ぁ………、ん、おねが、です………あ、朝から、は、………俺は」

「ああ。そなたは寝ていていい」

起き上がっていることも出来なくなって、こてんと布団に転がり、ぜえぜえと肩で息をしながら嘆願するおよめさまに、夫はやさしく頷いた。

およめさまの足を、しっかりと割り開いたまま。

「最後までする気はないからな。舐めたいだけだ。気にせず寝ていろ、カイト」

「そ、そんなとこ舐められながら、どうやって寝るんですかぁ…………っ!!」

なんだと思われているのかと、カイトはがっくりしてつぶやいた。

まさか自分が、不感症だとでもいうのか。これだけ頻繁に甘い悲鳴を上げて、へとへとになったあまり、朝も起きられないほどに身悶えているというのに。

「ん、も、がくぽさま………っ、ぁ、……ね、んん………ぉねが、なにが、あって……こんな、早くから………」

至極もっともな抗議もなんのその、再び下半身に顔を埋めた夫の髪を軽く掴み、カイトは喘ぎながら嘆願をくり返す。

下半身に顔を埋めたがくぽは、ひたすら舐め啜るだけだ。

夫といると、つい慎ましさを忘れて、その逞しい雄欲しさにひくついてしまう場所を、舌で撫で回し、唾液が溜まると肉とともに啜り上げる。

這わせる舌は、襞のひとつひとつまで解くように丁寧に、熱心に。

けれど、舌だ。舌だけだ。

手は足を押さえているだけで、愛撫のために肌に触れることはない。

いくら巧みに動いても、舌では届く範囲はたかが知れていて、物足らない。

より以上を求められても応えられないとは思うが、それとこれとは別の話で、舌だけではもどかしい。焦れてしまう。

「ん、ぁ、がく………さま…ぁ、おねが……俺、ほしくなっちゃ………ガマンできなく、なっちゃうぅ………っ」

「…………うむ」

力なく悶えながら上がるか細い声に、がくぽはわずかに体を起こした。

仄かに白みだした外の光が障子を透かして、座敷の中を朝色に輝かせようとしている。

カイトの痴態はその微妙な陰影に浮かび上がって、憐れがましく、突き抜けて愛らしい。

濡れるくちびるをちろりと舐めて、がくぽは納得して頷いた。

「やはり、現実のほうが良い」

「ぁ、がくぽ、さ………?」

「味も声も香りも見た目も、なにより感触も、すべてが勝る。いくら俺といえど、ここまでの再現は無理だな」

「が…………???」

ご満悦でつぶやくがくぽに、煽られるだけ煽られて放り出された形のカイトは、ぷるぷると震えながら首を傾げる。

夢の中のカイトも、確かに好かった。

現実では決して見られないだろう、嗜虐の悦びに染まり、主人然として、がくぽを嬲る姿。

それもそれで好かったし、惜しいとも思う。先に進めば、どんなふうに己を苛んでくれたことか――

とはいえやはり、現実の感触には及ばない。

嗜虐ではなく、被虐の悦びに淫らがましく咲くカイトはなにと比べようもなく、愛らしい。

「あの、がくぽさま」

「んああ。疼くかよしよし、煽った責任は、きちんと取ってやるゆえな。安心して寝ていろ」

「いえあのだから、責任取られつつどう寝ろと、っぁっんんっ」

しどろもどろのカイトの抗議にも耳を貸さず、がくぽは起こした体を沈める。

舌を伸ばすと、一層の熱心さでカイトの秘所を舐めしゃぶり、啜り上げ、甘く咬んだ。

もちろんそれで、眠れるカイトではない。

「っぁ、がく、さ、……だめっ、ゃんっ、そんな、とこ………そんなに、なめちゃ、だめぇ………も、どーして、そこばっかりぃ………っ」

気持ち良さと、同時に募っていくもどかしさに、上がる声はどんどん潤んで熱を孕んでいく。

それでもがくぽはまったく斟酌してくれない。舌とくちびる、牙によって、夫だけに赦される特権を、心ゆくまで味わうだけだ。

「あ、も、ほしぃ………っぁあん、ほし………がくぽ、さま、ぁあ…………ガマン、できなく、なっちゃうぅう……だめ、なのに………ムリ、なのにぃ…………ほしくて、ガマン……できな………っ、っひぁああんっ」

布団の上でもどかしさに啜り泣いたカイトは結局、がくぽの舌とくちびるによる愛撫だけで、極みに追いこまれた。

そこはさすがに、艶事を極めた夫だ。

迸ったものを口に受け止めてもすぐには飲みこまず、がくぽは舌の上でちゅるりと転がし、瞳を細めた。

こくりと飲み込むと、口の端に垂れたものも指で掬って、ぺろりと舐める。

「薄いな、やはり」

「ぅうう…………」

名残りの疲れが癒えきっていないところに、朝早くからのこの仕打ち。

朝のカイトはいつでもぐったりしていたが、今日はいつもよりさらにぐったりとして、布団に伸びた。

恨みがましく横目で見るが、やりたいことをやり切れた夫はご機嫌で、悪びれることもない。

「さて、多少早いがまあ良い。二度寝まで出来るような刻限でもなし、俺は支度をして、出かける。そなたは今度こそ、ゆるりと寝ておれ」

――普通、夫というものは、およめさまが自分より早くに起きて、こまこまと動き回っていることを好む。

しかし天下に悪名を轟かせる印胤家当主は、反対だった。

およめさまがぐったりとして布団に懐いていればいるほど、ご満悦になる。起き上がることはおろか、目を開くのも億劫だという様子を、殊の外歓んだ。

なによりそれは、自分が夫として励み、およめさまをとろとろに蕩かしてやれた証左だからだ。

いつも以上にぐったりさんとなっているカイトに、がくぽも普段よりご満悦のまま、一度は肌蹴た布団を取った。

薄い体をくるんでやって、さてと膝を立てる。

が、立ち上がることは出来ないまま、顔を布団に向けた。

「………カイト」

「く、ぅう……っ、がくぽ、さまっなにがなんだか、さっぱりわかりませんけどっおひとりだけすっきりなさって、ずるいですっ!」

「…………いや」

すっきりしたのはそっちではないのかと、がくぽは声に出さないまま、思った。

きちんと極めさせてやったのだ。カイトは篭もった熱を吐き出してすっきりしたはずで、己のことには触れなかったがくぽのほうが、余程。

拗ねたらしいと察して、どう丸め込もうかと微妙な表情を晒す夫を、布団から出ないまま、その足首を掴んだおよめさまは、きっと睨み上げた。

「お仕事なんて、後回しですっ俺にも舐めさせなさいっ!!」

「…………」

いろいろ相俟って、カイトは現在、ちょっぴりとっても、おかんむりらしい。

凝然とおよめさまを見ていたがくぽだが、ややして軽く天を仰いだ。

やはり、現実に勝るものはない。

キレて夫に命令してくるおよめさまなど、いくら普段が愛しくても、さぞや憎たらしく映ろうと思えば――実際に起こってみれば、愛らしさも、命令されて湧いたこちらの快楽も、天井知らずだった。

命令されたことで背筋を這い上る、ぞくぞくとした悦びは、がくぽを布団に縫い付けて離さない。

こんなことは、己の想像力の限界を超えている――