酔花桜-02-
「………っふ、………っ」
覚悟していても、肌を伝う酒の冷たさに、がくぽのくちびるから吐息がこぼれた。
「が、くぽ、さまっ?」
――それは先に、カイトがやられたことだ。肌を直に、特別製の盃とされる。
瞳を見張って呆然としたカイトに、徳利を置いたがくぽは片手を伸ばした。気負いもなく、ぷらぷらと振り招く。
「来い、カイト。そなたが望むことなら、いくらでも叶えてやる。己のみが恥ずかしくて、厭だと言うなら……」
「あの、がくぽさま………」
心遣いはありがたい。当主に気を遣わせ、申し訳ないとカイトは思う。
思うが、しかしだ。
「方向性というものが」
「俺の方向性は全きこちらだ。問題ない」
「ぁうぅ」
ばっさりと言い切られ、カイトは呻いた。せっかく起き上がっていた体が力を失くして、地面に戻る。
花見中だ。
なぜ普通の土焼きの、もしくは漆塗りの盃で酒を飲み、花を愛でるだけではだめなのだろう――どうしてそうも、人体を盃代わりにする必要があるのか。
そもそもカイトには、そこが理解出来ない。
大人しく花見に興じて、なにが悪いだろう。羽目を外すにしても、どうしてこちらの方向なのか。
力なく地面に沈んで悩むカイトに、がくぽは伸ばした片手を気軽にぷらぷらと揺らした。
「カイト、早うしろ。酒は流れ落ちて溜まらぬし、この陽気だとすぐに乾く」
「いえ、あの………」
お心遣いはありがたいですがとかなんとか、言葉を転がしたカイトだが、どれも音にはならなかった。嘘くさすぎるからだ。
多少考えたものの、結局カイトは起き上がった。帯は出来ないまでも、乱れた着物を掻き合わせ、肌を隠す。
伸ばされたがくぽの手に手を伸ばしながら、窺う上目で見つめた。
「そもそも俺は、それほどお酒が好きなわけでも」
「だが、飲めぬではあるまい?しかもそうそう、弱くもないな、そなた」
「………人並みです」
「最近の人並みは、ずいぶんな強豪だな。俺はうわばみを自称していたが、改めたほうがよさそうだ」
「……………」
軽口を叩く夫に、およめさまの瞳は多少の恨みがましさを宿した。
カイトは飲めない口だから飲まないのではなく、好まないから飲まない口だ。
そうそう悪酔いする性質でもない。ほんのりと肌を染めてさらに色めかしくなり、多少舌足らずにはなるが、それだけだ。
理性が消えてどうこうすることもなく、ほとんどいつもと変わらない。
きゅうっとくちびるを引き結ぶカイトに対し、がくぽは愉しげに笑った。重ねられた手を引くと、カイトを己の曝け出した体へと招く。
「今日は俺が、そなたの盃になってやろう。たまにはこういうものも、趣が変わって良い」
「………もう」
愉しげながくぽだが、問題の本質がそもそも違う。カイトが肌を晒さなければいいというものでは、ないのだ。
「そら。なくなる前に飲め」
「………『飲む』と、言われても………なくなる前って………」
カイトは困惑に染まりながら、招かれたがくぽの肌を間近に見る。
大きなしずくは垂れて、がくぽの肌に残るのは酒が通った道筋だけだ。舐めても仄かに酒精が香り、独特の苦みがあえかに感じられる程度だろう。
とても『飲む』状態ではない。
しかしがくぽは引かず、カイトにしても夫のやりように泣きたかったわけではないという、微妙にして複雑な負い目がある。
「………もう」
ため息とともに再びつぶやくと思い切り、カイトはちょこりと舌を突き出した。恐る恐るの風情で顔を寄せ、ちろりと肌を舐める。
「………っ」
「………………」
舌が触れた瞬間に、がくぽの肌がぴくりと震えた。日中で明るい最中ともなれば、誤魔化されることもなくカイトの目につぶさに入る。
動きを止めたカイトの頭を、がくぽはあやすように撫でながら、それとなく己の胸に埋めた。
「カイト」
「ん………っ」
促され、カイトは突き出した舌でちろちろとがくぽの肌を舐める。
遠慮がちで、拙い動きだ。閨ごとには遠く、愛撫とも言えない。
しかし時折、がくぽの肌がぴくりと引きつる。頭を抱える手に、瞬間的に力が込められる。
「………っは………っ」
熱っぽい吐息をこぼしたカイトに笑い、がくぽは頭を押さえていた手を離した。顎を掬って顔を上げさせ、無邪気な態で首を傾げて見せる。
「どうだ?旨いか?」
「うまいかと、言われても………」
カイトはもごもごと、口ごもる。
予測の通り、とても『飲んだ』という状態ではない。がくぽの肌を単に舐めたのと変わらず、そこにいつもとは違って酒精が香ったというのが、正直なところだ。
「ちっとも、お酒を飲んだ気が、しませんし………」
困惑に染まって瞳を伏せながら、カイトはちろりとくちびるを舐めた。知らず、濡れたそこから熱を含んだ吐息がこぼれる。
舐め始める前とは、様子が違う。瞳は潤んでいるが、浮かぶのは悲しみの涙ではない。染まる肌は熱を持って香り、もじもじと下半身が蠢いている。
わずかな変化をつぶさに見てとり、がくぽのくちびるは性悪な笑みに歪んだ。
「では、足してやろう」
「って、がくぽさま………もう…………っ」
しらりと言って徳利を取ったがくぽは、己の体の上で傾ける。ちろちろと流れ落ちたそれはがくぽの肌を辿り、濡らしていく。
「カイト」
「………っ」
促されて、カイトはこくりと唾液を飲みこんだ。
幾度くり返そうと、酒は流れ落ちて道筋が残るだけだ。
わかっていて、カイトは再度促されるまで待つことなく、がくぽの肌に舌を伸ばした。
「っふ、…………っ」
「ぁ………ん」
舌が触れた瞬間はどうしても、がくぽの肌が震える。カイトはまるで自分がやられたかのように、釣られて鼻声をこぼしながら先よりも大胆に、かつ熱心に酒の跡を追った。
余分な脂肪があるわけではないから、途中に酒溜まりが出来ることもない。引っかかる場所もなく、しずくとしてすら残らず――
「ん、ちゅ………っ」
「っふ、っ、………っ」
「ぁ………」
カイトは酒を追いかけていただけだ。特に狙うこともない。がくぽの胸の突起に、あえかなしずくが残っているのを見つけて、純粋に酒を求めてくちびるを寄せ、ちゅくりと啜った。
道筋を辿るだけより、しずくのほうがこれまでよりも余程、『酒を飲んでいる』感じがする。
だが、それだけではなく――
「………」
「…………ふん」
「……………」
肌に触れたまま、動きだけ止めて上目で見つめたカイトに、がくぽは鼻を鳴らした。いつもと同じ、傲岸な態度だ。
けれど隠しようもなく、目元が染まっている。息が荒く、なによりも触れた肌がぴりぴりと震えている。
わずかに考えたカイトは、あえかにくちびるを開いた。
「はむ………ん、ちゅ………っ」
「っ、ぅ…………っ」
「んん………っ」
しずくを追うのではなく、半ば意図的にがくぽの胸の突起を口に含む。手慣れた行為ではない。愛撫というより、赤子が乳を吸うのと大差なく、カイトは無邪気な音を立ててそこを舐めしゃぶった。
拙い動きだ。勘所も知らない。
それでも吸われしゃぶられるがくぽの腹が波打ち、くちびるからは堪え切れない快楽の呻きがこぼれる。
「ぁ、ふぁ…………っ」
「………っつ………」
ややして満足し、離れたカイトの表情はとろりと蕩け、常に揺らぎながらも清明な光を宿す瞳は、酒酔いそのものに薄ぼんやりと濁っていた。
「んん………」
もぞもぞと落ち着かずに下半身を蠢かせながら、カイトは再びがくぽの肌にくちびるを寄せる。もはや躊躇うことはない。すでに乾いて、酒精が香るだけとなった肌を丹念に舐め辿った。
横たわるわけではなく、座っているがくぽだ。酒は下へ下へと流れ落ちる。溜まり置く腹の脂肪はないから、ひたすらに下へ下へ――
「ぁ、は………んんっ」
「っ、ふ………っぅ」
肌蹴きっていなかった着物を突き上げるものを、カイトは陶然と微笑んで撫でた。やわらかで、慰撫するような手つきだ。同時に、これ以上なく淫靡な煽り方だった。
カイトは垂れた酒を吸って濡れるそこをくちゅくちゅと音を立てて撫で、それとなく着物を解いていく。
「がくぽさまったら……」
こぼれた言葉は、壮絶に舌足らずで甘く、熱に浮かされて蕩けていた。
酒酔いの、理性を失くした表情で、カイトは取り出したがくぽのものへくちびるを寄せる。
「がくぽさまったら、おべべをこんなに、びちゃびちゃにしてしまって………こんなにいっぱい、こぼしちゃうなんて、………」
「カイ、っ、………っ」
しぐさだけでなく、言葉も拙くなりながら、カイトは酒を吸って重くなった着物にくちびるをつける。ちゅくちゅくと啜ってから、天を撞いて勃ち上がるがくぽの雄に舌を這わせた。
「ん、んん………っ………おさけ………っぁ、ふ、ぉいし………」
「………っ」
垂れた酒をすべて吸い取った着物に、浸けられていた状態のがくぽの雄だ。胸や腹などよりも濃厚に酒精が香り、舌を灼く味がある。
舌を閃かせ、絡ませて舐めしゃぶりながら、カイトは上目となってがくぽへ笑いかけた。
「こんなにびちゃびちゃにして、困ったがくぽさま………仕様がないですから、カイトがぜんぶぜんぶ、舐め取って差し上げますね………?」
「カイト……っ、ふ、っ」
元々は貞淑な性質で、己のものを慰めることすら覚束なかったカイトだ。それをがくぽがいいように仕込んだ。
己のものはともかく、夫のものを愛撫し快楽を与えることなら、カイトも十分に覚えた。他人はともあれ、がくぽの勘所ならば抑えている。技巧は多少拙いものの、きちんと追い込める。
しかし今日のカイトは雄を咥えていながら、いつものように奉仕しているわけではなかった。あくまでも、『酒を飲むこと』が目的だ。
てろりと舌を這わせ絡め、熱心に舐めしゃぶりながら、追い求めるのは酒だ。びくびくと波打つ血管も、まだ膨張する余地のある襞も、これまでになく夢中になって啜るが、微妙に勘所を外している。
「ち………っ」
がくぽは思わず、舌打ちをこぼした。
息が荒がり、体が震える。とてもではないが、抗しきれるものではない。
これほどの快楽を、与えられたことなどない。
すっかり『酔っぱらい』と化したカイトは、愛する夫の雄を含みながら、追い求めるのは酒だ。時をかけてじっくりと教え込んだ、がくぽの気持ちよくなるつぼは外れていて、普通ならば醒める。
しかしまったくすべてのところが、外れというわけではない。弱い場所をこれ以上なく煽られ、限界を覚える寸前で、外される。あともう少しで極めそうなところで、止められる。
加減の絶妙さが、色事師も裸足で逃げ出すほどのものだった。
ひとを追い込み嬲ることになら長けたがくぽですら、ここまでの加減を図ることは難しいだろうと――カイトより余程色事に馴れているはずのがくぽだというのに、あまりの手管に翻弄されて、快楽が堪えられない。
理性が飛び、狂気を帯びた獣と化して、カイトを蹂躙しそうになる。
そんなことは、したくない――したくないが、そう思うのは所詮、理性でしかないのだと愕然とするほどに、追い詰められる。
「………カイト」
「ん、ふぁ………っぁふっ」
懸命に堪えてやわらかに呼び、がくぽは下半身に埋まるカイトの頭を撫でた。微笑んで上げられたカイトの顔はほんわりと赤く染まり、放たれる色香が尋常ではない。
濡れるくちびるをちろりと舐めるカイトについ見入ってから、がくぽはそのくちびるを親指で押した。
「そなたが、もっと好む………もっと酔えるものが、あろう?呉れてやるゆえ、口を開け」
「ぁ………」
粘つく口内を、親指が仄かに押して出て行く。
とろりと蕩けていたカイトは軽く瞳を見開き、視線を落とした。
表情が甘く綻んで、こくりと唾液を飲みこむ。濡れたものをこそげる動きではなく、獲物を前にした肉食獣のように舌なめずりして、カイトは顔を上げた。
「好きであろう?」
狂気を呼ぶほどの快楽を堪え、性悪に笑って嘯くがくぽに、カイトはひどく幼気なしぐさでこっくりと頷いた。
「はい。だいすき………」
「……ならば、カイト」
「はい。……………ぁは………っ」
軽く頭頂部を押され、カイトはがくぽの下半身に顔を埋め直した。ぱくりと口を開くと、咥えきるのが難しいほどに膨張した雄を咽喉奥にまで呑みこむ。
「んー………っ」
「………っ、く、そ………っ」
咥えられた瞬間に極めるなど、矜持と沽券が一気に崩れる。
そんなものが必要ない相手だとわかってはいても、がくぽは拳を握って爪を立て、すでに超えている気がする限界をなんとか堪えた。
「ぁ、ふぁ………っん、ぁ、でてる………おしる………んちゅっ………ぁふ、は………っ」
カイトは無邪気そのものだ。咽喉奥から出したものの先端にちろちろと舌を這わせ、滲むものを掬い取って笑う。
こくりと咽喉が動き、カイトのくちびるからは火傷しそうなほどに熱い吐息がこぼれた。
「がくぽさまの………ん、よっちゃぅ………よっぱらっちゃう、おれ………ぁは………っ」
「………カイト」
すでに酔っぱらいだろうという言葉は呑みこみ、がくぽはただ、カイトを促した。
堪えも限界だ。矜持や沽券よりも守りたい相手がいる。その相手を快楽に負けていたぶれば、崩れた矜持も沽券も二度とは立ち直れない。
「はぁい………ん、んちゅ………っぁ、はふ、ちゅぅ………っ」
身に迫る危機をまったく察知しないカイトは、促されるままにがくぽの雄を含んだ。滲むものを掬い取り啜り上げ、だけでは足らないと先端に舌を押しこんで来る。
「……イ、くぞ、カイト。………飲めよ、……っ」
襲ってきた波を堪えることなく、がくぽはカイトの口に激情を吐き出した。