目の前に座ったがくぽが、にっこりと笑う。

「カイト。そなた、俺にやさしくされるのと、意地悪にされるの、どちらが好きだ?」

凍り氷り伽草子

「え?」

問いが唐突だ。脈絡もない。

素直にきょとんぱちくりとしたおよめさまにも、がくぽが構うことはない。相変わらずの、ご機嫌そのものの笑顔。

有り体に言って、胡散臭い。

愛があるなしの問題ではなく、こういう笑顔のときの印胤家当主というのは、胡散臭い。

「あの、がくぽさま………?」

「どちらもという答えはなしだぞで、カイト。そなた、やさしい俺と意地悪な俺、どちらが好きだ」

「ええと………」

どうでも答えないと、がくぽの聞く耳を獲得できないらしい。

仕方なく、カイトは俯いて畳の目を数えつつ、考えた。

やさしい夫と、意地悪な夫。

正直な話、どちらも好きだ。なぜなら夫だからだ。

しかし肝心の夫から先に、どちらもというのはなしだと、釘を刺された。

夫のことならなんでも好きですと答えるカイトのことを、よくわかっていると言おうか、これもこれで、夫からの意地悪だと言おうか。

「…………………っ」

「…………カイト?」

考えこんでいたカイトの頬が染まり、ぽわわわんと、耳朶までが赤くなる。

にっこり笑顔のまま首を傾げたがくぽだが、カイトは考えに沈んだままだ。

頬から耳朶から赤くなり、色はうなじに及んで、畳を見つめる瞳が潤み――

「カイト!」

「あ、ぁ、はいっ」

少々強めに呼ばれて、ようやくカイトは顔を上げた。正気に返ったようだが、瞳はまだ熱を含んで潤んでいる。

がくぽは極力にっこり笑顔を保持し、そんなおよめさまを見た。

「でなにを考えた?」

「ええと、あの、その…………」

問われて、カイトはさらに頬から耳朶から、全身を赤く染めた。これ以上染まるなど無理だろうというほどに朱を刷いてから、火照る頬を押さえる。

ひくひくとくちびるの端を引きつらせている印胤家当主をうっとり見つめ、カイトは熱っぽい吐息をこぼした。

「あの、やさしいがくぽさまに………」

「そうか、やさしい俺が好き」

「意地悪にされて」

「ん?」

「とってもとっても意地悪にされて、それからまたとろんとろんに、やさしくしてくださるがくぽさまが、好きです…………」

「………………」

それは結局、やさしいがくぽが好きということなのか。

――というほど、単純な図式でもない気がする。

やさしいだけではだめなのだ。やさしい相手が豹変し、意地悪くされた後の、やさしさがいい。

「………………それはつまり、『どちらも』ではないのか」

「がくぽさま?」

思わず考えこんでつぶやいたがくぽの声は小さく、傍らに座るカイトにもよくは聞き取れなかった。

きょとんとして覗きこんできたカイトに、がくぽは再びにっこり笑いに戻って、ちょこりと首を傾げる。

「それな、カイト。意地悪な俺がやさしくしてやったが、やっぱり意地悪に戻った、という順では、駄目なのか」

ちょっとした、言葉の入れ替えに過ぎない。しかし、中身は大いに変わっている。

性格の悪さを前面に押し出して訊いたがくぽだったが、今度の場合、カイトはわずかも悩まなかった。

「それは無理ですから」

「無理か」

きっぱり言い切られ、がくぽは鼻白んだように体を引いた。

カイトは構うことなく頷き、引け気味の夫を不思議そうに見る。

「だって、がくぽさまはお優しい方ですから。意地悪したあとに、そのまま放っておくなんて、絶対出来ません。最後にはちゃんと、とろんとろんに優しくしないと据わりが悪いのは、がくぽさまのほうです」

「…………………」

迷いもない。躊躇いもない。臆することもない。

因業で鳴らす印胤家の、鬼の棟梁とすらささやかれる当主を相手に。

いくら夫とはいえ、いや、夫であればこそ。

ここは、印胤家当主をあまり舐めるなよと、説教でもしてやるところだ。

軽く天を見ていたがくぽは、そろりと視線だけ、カイトに落としてみる。

「…………」

「…………」

見つめてくる瞳があまりに透明で、素直で、無邪気で――

一途にがくぽを信頼して、疑いのひとかけらすらも浮かべていないから。

踏みにじって心も痛めない印胤家当主だったが、ため息ひとつで敗北を認めると、無敵のおよめさまをきつく抱き寄せた。