絹盗り物

「ひゃんっ!!」

傍らを通りがかったカイトが、あられもない悲鳴を上げて跳ね飛ぶ。

くちびるを笑ませつつも軽く眉を跳ね上げたがくぽに、小回りの利く華奢な体がくるんと振り返った。

真っ赤な顔で尻を押さえると、カイトはきっとして夫を睨んだ。

「がくぽさまっ近くを通るたびにお尻を撫でるの、やめてくださいっ!」

「ふぅん?」

羞恥を含んだ抗議に、がくぽは殊更に瞳を丸くしてみせた。

「そなたの尻に触るのは、俺の当然の権利だろう。触ってはいかんとは、どういうことだ?」

「ど、どういうことだって………っ、権利ってっ………」

「夫が妻の尻に触っていかんなら、誰なら触っていいと言うつもりだ、そなた?」

「だ、誰ならとか、そういうことじゃなくってっ」

いい加減、艶事に長けた夫に好き勝手に仕込まれ過ぎて、敏感な体だ。

ちょっと撫でられただけでも疼くのだから、用事を片付けているときには煽るようなことをしないで欲しい。

カイトが言いたいのは、それだけだ。

だが、がくぽは性悪な笑みに顔を歪め、尻を押さえておろおろとするカイトにずいずいと迫ってくる。

「ん誰ならいいと言うつもりだ、カイト俺以外の誰に、この愛らしい尻を撫でさせるつもりだ?」

にったり笑って問い詰めながら、がくぽの手はカイトが守ろうとする場所へ伸び、肉を掴む。

びくりと跳ねたカイトは、慌てて夫に取り縋った。腕を掴んで離そうとするが、抵抗に力はない。

「ぇ、や、ちが、が、がくぽさま以外になんて、って、ちょ、どさくさ紛れに、揉まないで…………っ」

「触るな揉むなと夫に言いながら、同じ口で、貞節は夫のものだと語るのか、カイトそれで通るとでも?」

「そ、そういうことじゃ…………ちょ、ゃ、がくぽさまっ、揉まないでっ!!」

……………

……………………

……………………………

ふっと満足の笑みを浮かべると、がくぽは座敷に放り出してあった煙草盆に手を伸ばした。

煙管を取ると煙草を詰め、火を入れる。

満ち足りた心地で煙を吸い、吐き出した。

「今日もまた、新しい扉を開いたな、カイト」

「ぅ、ぅう…………っ」

ご機嫌な夫に対し、座敷にしどけなく崩れたカイトのほうは涙目だった。

イかされた。揉まれただけで。

確かに、元々敏感だった体を、さらに敏感に開発はされたが――

あられもなく着物を乱したまま、カイトはぐすぐすと洟を啜って、ご満悦のがくぽを睨む。

「も、もぉ、やです…………っ。こ、こんなにあたらしー扉ばっかり開いてたら、俺、この先、どこに行っちゃうかわからなくて、こわいですぅ………っっ」

いくら敏感でも、貞淑な性質のカイトだ。

当然の抗議に、がくぽはひどくやさしく、にっこりと笑った。

煙管を置くと、べそを掻くカイトの元に行き、目尻に溜まる涙をちゅっと啜る。

「そなたがどこへ行こうとも、俺も必ず共にだぞ傍に俺がおるのに、なにがそれほど怖い?」