からりと扉を開いて暗くなりつつある外に顔を出し、カイトはふっと目を見張った。気配を窺い、見通すまでもない。
すぐそこ、扉の傍らに――
なからのこいうた
「がくぽさま」
「仮にも年頃の娘が、暗くなってから迂闊に顔を出すな」
「と、言われても………外に気配があったから、気になって………」
「余計出るな。いたのが悪漢ならどうする。力弱い町娘なぞ、嬲りものにされるが落ちだ。……ああいや、実際いたのは悪漢だな。そなたを嬲ることを、至上の悦びにしている」
淡々としながら、まくし立てるように説いていたがくぽの顔が歪む。笑みだ。強いて言うなら。
カイトは一歩出ると、がくぽの傍らに立った。きつく爪を立てて組まれる腕に、そっと手を添わせる。
「………なにか、ありましたか?」
「なにもない」
静かに落とされた問いに、がくぽは即答を返した。笑みを浮かべていたくちびるが戦慄き、潰れた声を押し出す。
「なにもない。………なにもだ。なにも………」
壊れたようにくり返してから、ふいにがくぽは体を起こした。傍らに立つカイトの腰を素早く掴んで引き寄せると、顎を掴んで仰向かせる。
咄嗟のことに反応も追いつかず、ただ瞳を瞬かせるだけのカイトを真っ向から見据え、笑った。
「そなたは実に迂闊だ、カイト。いい加減、ここらで学習せねば取り返しのつかぬことになるのだと……っ」
「………?」
がくぽの強引な素振りに、カイトの体は反射で竦んだ。いつものことだ。
カイトが示す抵抗といえばこの程度のあえかなもので、かえって男を煽っているのだろうと、がくぽは常に強引に押し切る。
しかし今日のがくぽは違った。
覿面に反応して動きを止めると、凝然とカイトを見つめた。表情が苦渋に染まり、逃がさない強さで腰を掴んでいた手が、落ちる。
「………がくぽさま?」
きょとんとしたカイトから顔を背け、がくぽはくちびるを歪めた。笑みだ。辛うじて。
「別に。なにもない。なにも………」
「………」
壊れたように、がくぽはくり返す。なにもない、と。
案じる色も消え、透明な表情となってしばらく見つめていたカイトは、ふいにがくぽの袖を掴んだ。軽く引くと、がくぽ諸共に家の中へと戻る。
扉を閉めると、戸惑いから反応の遅れる相手へと抱きついた。ねこのように肩口に擦りついて、向けられたくちびるにくちびるを重ねる。
ほんのわずか、触れるばかりの口づけ。
もどかしいばかりだが、カイトからだ。がくぽが命じたわけでもなく、強引に押し切ったのでもなく――
「………どういう心境の変化だ。先には嫌だと拒んだばかりであろうが」
「いやです」
再び熱い手に腰を抱かれ、逃げ場を封じる強さで囲いこまれながら、カイトは微笑んだ。この暗さでは、これだけ近くにいても見えないとわかっていて、けれど微笑んでがくぽを見つめた。
「外では、いやです………こんなに暗くなっても、どこでどう、誰が見ているかわからないんですから。でも、………」
「………ふん」
言葉を濁し、カイトはもう一度、がくぽに口づけた。
鼻を鳴らしたがくぽの手が、カイトの顎を捉える。くちびるを寄せると、くすぐるように表面を撫でた。
「ん……っ」
身を震わせたカイトを今度は離すことなく、がくぽはやわらかに形をなぞり、辿った。
「ぁ、は………っ」
暗闇につぶさに見えずとも、がくぽにはカイトが笑っているだろうことがわかった。
なぞるがくぽのくちびるも、笑みを刷く。先までの歪んで不安定な笑みではなく、強さと意志を持った笑みを。
一度くちびるを離すと額を合わせ、がくぽは暗闇に見えないカイトの目を覗き込んだ。
「言え、カイト。実のところそなた、俺に岡惚れしておるだろう?」
訊いたものの、答えを待つことはない。がくぽは無抵抗なカイトのくちびるを己のもので塞ぐと、思う存分に貪った。