千代に八千代に十重二十重
がくぽと相対して座敷に座ったカイトは、俯き加減で目元を染め、もじもじと落ち着きなく体を揺らめかせた。
恥じらいながらちらちらと上目にがくぽを窺いつつ、くちびるを開く。
「その……っ、……こんな、こんなお願い……はしたない、いけないことだと、わかってはいるんです……わかっては、いるんです、けど………っ」
そこまで言って、恥じらいからの躊躇いが勝ったらしい。頬のみならずうなじまで朱に染まり上がったカイトは、言葉を続けられずに一度口を噤んだ。
対したがくぽは、発情して身悶えるにも似たお嫁さまの愛らしいおねだりぶりに心底満たされつつ、鷹揚な笑みを浮かべてみせる。
「良い。なんでも言え。望め。そなたの願いなら、如何なるものでも叶えよう。不可も否やもない」
蕩けた声で、これ以上なく甘やかす言葉を吐く。
しかしカイトは相変わらず、どこか躊躇いがちな、おどおどとした様子で、そんな夫を見返した。
「でも、いくらがくぽさまでも、………俺が、こんなはしたないお願いなんかしたら………幻滅して、き、きらいにっ…………なったりっ」
「心外だな!」
カイトの懸念は、眉を跳ね上げたがくぽの言葉によって中途で打ち切られた。
「そなたはそなたに懸ける夫の愛情が信じられぬのか、カイト?俺のそなたに懸ける情など、所詮その程度と?」
「いいえ!いいえ、がくぽさま、そんなこと、ぜったいっ……っ!」
詰るに似た問いに、カイトは腰を浮かせて前のめりとなり、ぷるぷると首を横に振った。
「いいえ、がくぽさま……ええ、そうです。がくぽさまは、俺のおねだりで叶えてくださらないことなんて……」
カイトは意を決すると、腰を戻した。背筋を伸ばすと、まっすぐに夫と対する。膝の上に置いた手を、きゅっと握った。
それでも恥じらいを消し切ることは出来ず、朱に染まったまま、くちびるを開いた。
「あのっ………がくぽさま!これから、俺と………俺と、お庭でお昼寝していただけませんか……?!桜の下で、ぎゅうって、ぎゅうーーーーって、抱き合って………っっ!」
「………………………昼寝?」
ようやく吐きこぼされたおねだりに、しかしがくぽは表情を空白に落とした。
誘われた庭へと顔を向ける。
日は中天、今がいちばん陽気のいい時間帯だろう。そうでなくとも今日はよく晴れて、風も穏やかな、いい日和だ。
桜も見事に咲き誇って、確かに眺めながらする昼寝は、心地よさに満ちるだろう。
なによりも、腕の中にはきつく抱く、愛しいお嫁さまがいて――
「昼寝?外で………昼寝?ひるね……………それだけか?」
「ぅっ!」
呆然とくり返され、カイトは乗りだし気味だった体をびくりと震わせて引いた。がくぽの芳しくない反応に、うるりと瞳が潤む。
「あの、やっぱり………だめ、ですか……?あ、いえ、だめですよ、ね………こんな、こんなはしたない、いけないお願い………っ」
「いや」
ぷるぷる震えながら小さくなっていくカイトを、がくぽは咄嗟の反射的な動きだけで腕を伸ばし、抱き寄せた。胸に埋めてきつく抱いてやりながら、短い髪を宥めるように梳く。
縋る動きとぬくもりに、空白に落ちていた表情に生気が戻った。
「いや。不可も否やもない。言うたであろう?それがそなたの望みだと言うなら、悦んで叶えよう。叶えようが………」
そこまで言って、がくぽのくちびるからは堪え切れないため息がこぼれた。
抱いたカイトの頭に、ことりと頭を置いて懐く。
「しかし、まあ………難だな。そなたの『はしたない』の基準は、ずいぶんとむつかしいと言おうか………厳しいのだな……」