ゆらたまたまゆら
通りすがりにちらりと盤を見たカイトは、ひょいと手を伸ばした。
対局中の兄弟の弟側、今日も今日とて一族きっての『鬼子』な兄相手に、負けが込んで青息吐息ながちゃぽの駒を取ると、ぱちりと置く。
「あ?」
「ぁ」
断りもなく勝負に介入された兄弟は揃って訝る顔を向けたが、そのときにはすでに、カイトは背中だ。本当に通りすがりに、軽く差して行った。
「ぉよめた……?」
幼いがちゃぽはきょどきょどとして、すでに見えないおよめさまの行方をそれでも目で追う。腰も浮かせて、すっかり気が逸れてしまっているが、対するがくぽだ。
「………ふん」
面白くもなさそうに鼻を鳴らすと、すぐに己の駒を取り、鞭打つ音を立てて盤に置いた。
「がちゃ」
「あっ、ぁっ、あ……っ」
同時に撓る声に呼ばれ、浮ついていた弟は慌てて腰を落とす。
「とっととしろよ。いくらどうでも、そろそろ飽い、っ」
幼子相手に容赦なく腐そうとして、がくぽは唐突にすべての動きを止めた。
がくぽの背後から突然に伸びた手が、未だ態勢整わぬがちゃぽの駒をつまみ、勝負を進めたのだ。
世にひとはあれ、手練れは多くとも、こうも無造作にがくぽの背後を取り、挙句勝負に割り入れる相手はただひとりだ。
しかもだ。『やられた』。
「ちっ……っ」
がくぽは痛烈な舌打ちを漏らして、介入された盤面を睨みつけた。
弟相手だからと、手を緩めていたのは認める。しかしそれにしても、たったの二手で覆された。
いや、このあとを再び弟が引き取れば、がくぽにもまだ、勝機はある。あるが――
「カイト」
「謝りませんからねっ。がくぽさまがお悪いんですからっ」
険しい顔で振り仰いだがくぽだが、いつもおっとりとして夫に逆らうことをしないおよめさまは、珍しくもつんけんと応えた。
どう見ても、拗ねてむくれている。
のだが、カイトはがくぽの背中にへばりついて離れない。そのままずるずる滑ると、へたんと座りこんだ。
背中にぐりぐりと額を擦りつけて甘えるカイトは、あえかな、がくぽの耳にようやく届くかどうかという声で、狂おしく吐き出した。
「がちゃぽさまばかり、お構いになってっ………俺のこと、ほったらかしにするからですっ」