いったいどうしてこうなったものか。
わからないが、わかっていることがあった。もはや賭け代がない。
弁財天の蜜ツ言
「さあ、どうするね、流れの賭博師リントさんとやらよ。そろそろ観念して……」
「しないわ。じゃない、降参なんてするもんか!」
うっかり覗きかけた地、少女言葉を慌てて呑みこむと、リンもとい、凄腕の『少年』賭博師リントは、きっとして敵方を睨みつけた。隠しようもなく少女である華奢な手が、奥の手の『賭け代』を掴む。
抵抗の余地を与えず敵方に突き出して、リンもとい、リント少年は叫んだ。
「次はこれを賭けるわっ!あたし、じゃない、オレの妹のレンコっっ!!」
「で、結局その勝負も負けて、売られちゃったの?」
「えっ、ぇっ、え……っ、にぃちゃぁああんん~~~!おれ、おれはやめよって、もうやめよって、あきらめって、リン、り、ぅぇえええええっ!!」
「あー………よしよしよし……かわいそうにね、レンくん………」
ところは変わって印胤家の屋敷、その奥座敷だ。
膝に取り縋って泣き喚くおとうと、レンをよしよしと宥めつつ、カイトは微妙な視線をその横に向けた。
レンの隣に座るのは、レンの双子のきょうだいで、カイトの妹のひとりであるリンだ。賭場から離されたことでようやく冷静さが戻って来た今、さすがに自分がやらかし過ぎたと青褪めている。
本当はこれみよがしに吐き出してやりたいため息を懸命に堪え、カイトはくちびるを開いた。
「それで?負けて、レンくんを取られて、リンちゃんは……」
「もちろんレンをひとり売りなんかしないわ!次はリン自身を賭け代にして」
「で、また負けたんだね。それでよりによって、くりねずみ一家の長たる血筋の双子が、揃って身売りした、と」
「んっぐぅっ!!」
取りつく島もなくぴしゃりと断罪され、一度は腰を浮かしかけたリンもぺしょんと座った。
賭場狂いのあまり、鬼畜の所業にまで手を染めた妹を懲らしめるのはそこまでにして、カイトはさらに首を巡らせた。自分の斜め後ろに座す相手、双子をお買い上げいたして来た夫、がくぽを見る。
「それで、がくぽさまは……」
「だいたい、おっかしーよ、にぃちゃんの旦那!!」
カイトの言葉を遮って喚いたのは、レンだ。
「リンが俺を賭け代に突き出した途端、襖をばぁあんとか開いて、それも『あーーーっはっはっはっはっはっは!!』とか、大笑いしながらだぜ?!しかも『面白い、その賭け乗った!』とか言ってあっという間に場を取り仕切って、で、あれよあれよと………俺もう、あんっっっなに生き生ききらきらと極悪に闇な笑顔、初めて見たし?!」
「えー……あー。うん?ごめん、おにぃちゃんはわりと、日常的に見てるかな。もう馴れたっていうか、むしろそういうときのがくぽさまがかわいいけほこほっ!!」
べそべそに泣きながら迫るおとうとに押されてつい、本音をだだ漏らしかけたカイトは、慌てて咳払いし、語尾を誤魔化した。もちろん誤魔化しきれていない。
泣き喚いていたはずのおとうとと、神妙だった妹からの壮絶に不審な眼差しから逃れるように、カイトはくるりと体の向きを変えた。
そうやって向き合うのは、この一幕を愉しげに眺めていた夫、がくぽだ。補記するなら、溺愛するおよめさまへのおみやげとして、本日は賭博場に居た双子のきょうだいをお買い上げていらっしゃった。
「で、がくぽさま……」
改めると、カイトはにっこり笑った。手が伸びて、がくぽの頬をむぎりと掴む。むぎりぎりぎりぎりぎりぎりと――
「うちの双子がお手を煩わせて、大変申し訳ないと思いますけど………まさかですけど、本気で『買って』なんて、いらっしゃいませんよね?愛妾として囲うことにしたとか、やっぱり年のいったのより年若いほうがいいから、実はこっちを本命に、俺のことは妾にするとか離縁するとか………まさかまさか、ですよ、ね……?」
後日。
無事に一族の暮らす里へと帰してもらえた双子のきょうだいは、「あんな神々しいまでにきらぴかなどす黒い笑顔、初めて見た」と、出迎えた一族の長にして姉に震撼しながら語ったという。