なにをするでもなくぼんやりと火鉢に手をかざしていたがくぽだが、ふと顔を上げた。軽く首を傾げて外を窺うようなしぐさをしてから、火鉢に顔を戻す。

がりりと頭を掻くと、立ち上がった。

恋織紬

「がくぽさま?」

「ああ」

同じく火鉢のそばに座り、針仕事に勤しんでいたカイトが追って顔を上げる。どうしたのかと問うそれに、がくぽは意味もない音を返すだけで、座敷から出た。

きょとんとしたカイトだが、深く思い悩むことはない。夫の気配をわずかに追ったはものの、すぐさま針仕事の続きにかかった。

そのがくぽといえば、ほどなくして戻って来た。

「カイト」

からりと襖を開き、呼ぶ。カイトは呼ばれるまま素直に顔を向け、

「っくしゅっふ、ぁわゎっ」

――応えようとしたはずがくしゃみをこぼしてしまい、焦った様子で針を放り出すと、意味もなく手をばたつかせた。一瞬で、耳まで赤く染まっている。

がくぽは束の間、お嫁さまの斬新な返事に目を丸くしていた。

ややしてくちびるがやわらかに綻ぶと、ため息をこぼす。

「やれやれ……間に合わなんだか」

ぼやきながら、座敷に入る。カイトの傍らへ行くと、その肩へ、持ってきた綿入れ袢纏を着せかけてやった。

「ずいぶん赤いが、熱まではなかろうな?」

「ぅ、はぃい…」

ふわふわと頬を染めて見入るカイトへからかう調子でこぼし、ついでに額にくちびるも落としてから、がくぽはもとの、火鉢のそばに腰を下ろした。

動きを逐一目で追ったカイトは、がくぽが落ち着くと袢纏を掻き合わせてくるまり、ぷるっと一度、震える。

くすんと洟を啜ってから、堪えきれないようにほわりと笑った。

「あの、がくぽさま……ありがとうございます。あったかいです」

「否、なにほどの…」

言いかけて、がくぽは不自然に言葉を切った。顔が火鉢から外へ向く。

「っぷしっ!」

「はゎわっ?!」

夫からの斬新な返事に慌てて腰を浮かせたものの、カイトはすぐまたぺちゃんと座った。今の一連で放った針を拾うと、急いで糸を引く。

「少し、お待ちくださいね、がくぽさま……あと、数針で仕上がりますからっ!」

「否、別に、なんとも……おい、急いて指を突くなよ、カイト。そなたが手練れであるは知っているがな、焦れば手も滑ろうが」

そちらのほうが気懸りだと声をかけるがくぽだが、夫のために縫った今冬用の袢纏の仕上げにかかったカイトの耳には入らないようで、返事はなかった。