抜き目のアルピィア

「カイト」

「あ、…………?」

呼ばれて応えようとした口を片手で咄嗟に押さえ、カイトはちょこりと首を傾げた。

ほんの少しだけ開いたスタジオの扉、その隙間から顔を覗かせるのは、がくぽだ。にこにこと上機嫌に笑いながら、片手でカイトを招きつつ、もう片手は自分の口元に当てている。

立てた人差し指をくちびるに当てたそのジェスチュアは、『ナイショ』――もしくは『ばれないように』、さもなければ『静かに、そーっと』だ。

「………?」

呼ばれる理由にしろ、それを秘さねばならない理由も、なにもかもわからない。が、逆に反発する理由もない。

カイトはさっと素早くスタジオの中を見回し、自分や、薄く開いた扉口に注目している相手がいないことを確かめた。

そのうえで最大限に気配を殺しつつ、出来る限り急いでがくぽの元へ行く。

「がくぽ、どうし……っふゎっ、あ?!」

「ん♪」

カイトより、がくぽのほうが上背がある。問いかけようと間近に顔を上げたところで、カイトはがくぽに腰を抱かれた。

そこを基点に強く引かれてスタジオの外に出された挙句、近場の、積み上げられた荷物でちょっとした迷路状態になっている場所に引きずり込まれる。

なんの目的でこうも複雑な形に組み上げた荷物かは知らないが、ひとが傍を通りがかったとしても、誰がいて、なにをしているとすぐには判別できないような状態だ。

予測のつかないがくぽの行動にカイトはまごつき、瞳を見張るのがせいぜいだった。

抵抗もままならないでいるカイトのその、なにを言えばいいのかわからずにもごつくくちびるに、がくぽは笑んだままのくちびるを深く重ね合わせた。

引きずり出してから物陰に隠れ、くちびるを重ねるまでの動きには、一切の迷いも躊躇いもない。

「ん……っんっんぷ、ん……っ、んちゅっ、ぷぁ、あ、ぁく…………んーーーーーっっ」

「んー♪」

がくぽは単にくちびるを触れ合わせるだけでなく、薄く開いたカイトの口に舌まで捻じ込んできた。

遠慮を知らない軟体動物が、怯えて逃げるカイトの舌を絡め取り、吸い上げ、牙を立て、歯列を辿りと、好きなように蹂躙していく。

「ん…………っ」

ややしてカイトの膝がかくりと落ちたところで、がくぽはようやくくちびるを解いた。

ただ、止めたのは貪ることだけだ。飲みこみきれずに溢れた唾液で汚れるカイトの口周りを、ちゅっちゅと音を立てて啄み、とろりと舐め上げてとして、きれいにしてやる。

欲を刷いて色に崩れたものの、がくぽは依然、楽しそうな笑顔のままだ。

「ぁ、ふ…………ぁ、と…………が、くぽ………なん、で…………?」

散々に貪られ、弄り回され、痺れて覚束ない舌を繰って、カイトは問いかける。なにとも限定されない、曖昧な問いを。

「ナイショにしないと、カイトが困るだろう?」

口周りからくちびるを滑らせて耳朶へと辿ったがくぽは、赤く染まるそこをやわらかに食みながら、笑い声を吹き込んだ。

「そんな関係でもない、なんでもない………しかも、同じ男である俺に、こんなふうなキスをされてるなんて………周りの人にばれたら、カイトが困るだろう?」

――カイトが困ることは、しないんだ。

逃がさないとばかりにきつく腰を抱いたまま、がくぽは笑って嘯く。

カイトはふるりと震えて瞼を落とし、がくぽの肩口に頭を預けた。