「バナナ味といちご味、どちらだ?」
「んーっ」
がくぽにきかれて、ヒメハナは考えこみました。
天才さんのバナナ×いちご
朝はいちご味でした。きのうの夜は、バナナ味です。
順番でいくと、バナナ味でしょうけれど………そうすると、毎日まいにち、夜はバナナで、朝はいちごにしないといけないみたいな………。
ヒメハナの前に二つのチューブをかざしたがくぽは、それをぷらぷらと振りました。
「それほど悩むならいっそ、二つの味を混ぜたらどうだ?」
「…!」
がくぽのアイディアに、ヒメハナは目を見張りました。
まさか、ちがう味二つをまぜこぜにするなんて…………!
「ん?どうする?」
もう一度きかれて、ヒメハナはがくぽに歯ブラシを突き出しました。
「がくぽって、天才なの?!」
ヒメハナの歯ブラシに二つの味の歯みがき粉を乗せてくれたがくぽは、その問いに、ちょっと笑いました。
「マスターが信じてくれるならな。俺たちロイドは、マスター次第で天才にも莫迦にもなる。……ほら」
歯ブラシを受け取って、ヒメハナはそれを口の中に入れました。
「カイト!!カイト!!!」
ヒメハナは大声でカイトを呼びながら、キッチンに飛びこみました。
明日の朝ごはんの用意をしていたカイトは、ヒメハナを見て、にっこり笑うとしゃがみこみます。
「マスター、ちゃんと歯を磨けましたか?『いーっ』してください」
「『いーっ』!」
言われたとおり、ヒメハナは口の両脇に指を入れてひっぱって、歯をむきだしました。
カイトはちょっとまじめに歯を見てから、またにっこりと笑いました。
「はい、合格です。……それで、どうしました?」
頭をなでながらきかれて、ヒメハナはカイトに抱きつきました。
「すごいの!!大ハッケンなのよ、カイト!バナナ味といちご味をまぜると、とってもおいしくなるの!!」
「…………バナナ味といちご味を混ぜる………?」
ヒメハナを抱き返してくれたカイトは、意味がわからないみたいに首をかしげます。
ヒメハナは顔を上げて、カイトを見つめました。
「歯みがき粉よ!ヒメハナが、バナナ味といちご味のどっちにしようって悩んでたら、がくぽが言ったの。ふたっつ、つけたらいいんだって!がくぽって天才よ!!」
「ああ……」
ようやくわかったみたいにうなずいて、カイトは顔を上げました。
キッチンの戸口に立つがくぽを見て、首をかしげます。
「………で、天才がくぽは、自分もやってみたんだ?バナナと、いちご」
「………………………マスターが、あまりに悦ぶからな……」
口元を押さえて、がくぽは言います。
ヒメハナがおいしさにびっくりして、口の中を泡だらけにしたまま、『おいしい』と何度も言ったら、がくぽは『どんなものなんだ?』と言って、もう一回、歯みがきをやり直したのです。
ヒメハナの歯みがき粉の、バナナ味といちご味をまぜて。
ヒメハナは、首をかしげました。
「がくぽは、おいしいと思わなかった?」
「マスター」
きいたヒメハナに、カイトが笑いました。ヒメハナのことを、ぎゅっと抱きしめてくれます。
「がくぽは、甘いもの……っんっ」
「きゃっ?!」
カイトが言いかけたところで、がくぽはヒメハナの頭を押さえこんで、ぐしゃぐしゃと髪の毛をかきまぜました。
「きゃあ、きゃあ、がくぽっ!がくぽっ!!」
「んぅ……んんん………っ」
腕の中で暴れるヒメハナを、カイトがぎゅっとだっこして、それからぺちゃんと座りこみました。
そうなってようやく、がくぽはヒメハナの頭から手を離します。
「がくぽっ!」
ぐしゃぐしゃにされた頭を押さえて、きっとにらみ上げると、がくぽはくちびるをなめながら、にんまりと笑いました。
「美味かったぞ」
「え?」
「俺としては、絶対におかしな味になると思ったのだが、…………意外にも、美味かった」
話についていけないヒメハナに笑って、がくぽはまた頭をなでます。今度はさっきみたいにらんぼーじゃなくて、やさしく。カイトがよくしてくれるみたいに。
がくぽはそのままかがむと、ヒメハナのほっぺたに、ちゅっとキスをしてくれました。
「だが俺は、甘いものが苦手だからな」
「あ……!」
思い出して、ヒメハナはがくぽを見つめました。
そうです、がくぽは甘いものがきらいで、めったには食べないのです。
『カイトが作ったものならば、なんでも美味い』と言って食べるのに、それでも、『甘いものだけは赦せ』と、口をつけないことが多いがくぽです。
歯みがき粉も、ヒメハナにはからくて口の中に入れていられない、ミント味です。
バナナ味といちご味なんて………。
「だから、美味かったと言っているだろう?」
どうしよう、とおろおろしながら見つめるヒメハナに、がくぽは笑います。
「苦手でも、美味い不味いくらいはわかる。美味かった。本当だ」
「……」
言いながら、がくぽはヒメハナのほっぺたをつまんで、むにむにともんで遊びます。ヒメハナのほっぺたは、やわくておもしろい、というのが、がくぽの言い分です。
もう一回かがんで、もんで遊んだほっぺたにキスして、がくぽはぱちんとウインクしました。
「カイトなら甘いものも好きだ。やってみるよう言ってみろ」
「あ!」
ヒメハナは、カイトを振り返りました。
「カイト!………カイト?」
「ぁは……」
カイトは真っ赤な顔で、口元を押さえていました。
ヒメハナはあわてて、カイトとおでこをこっつんこします。
「カイト?ぐあい悪い?どこかいたい?」
「あ、いえ、マスター…」
カイトは口をもごもごさせて、はっきり言いません。
背後で、がくぽが声を立てて笑いました。
「『お味見』がちょっとばかり、刺激的だっただけだ。なあ、カイト?」
「『おあじみ』?」
「がくぽっ!!」
きょとんとして振り返ると、がくぽはべろりと舌を出して、指で示しました。
「わからないようだったので、『お味見』させてやった。まあしかしよく考えると、歯磨き粉などというものは、口を漱いでしまえば味が残らないな。俺としたことが、ちょっとばかり失敗だった」
「え?え?」
「がくぽっっ!!」
こわい声でがくぽを呼んで、カイトはヒメハナをぎゅっと抱きしめました。ヒメハナは抱きしめられたまま、ちょっとだけカイトを見上げます。
「カイト?」
カイトは困ったみたいな顔で、笑いました。
「あの、大丈夫です、マスター………どんな味なのかなって想像したら、ええと、どきどきしちゃっただけですから」
「……そうなの?」
首をかしげるヒメハナに、カイトはいつもみたいな、とってもやさしい笑顔になりました。
「はい、そうです、マスター。………でも想像だけじゃよくわからないので、今日、歯を磨くときに、ちゃんとやってみますね」
「……」
カイトは言いながら、ヒメハナの頭をなでてくれます。
がくぽと違って、カイトのなで方はいつもやさしくて、こころがほんわりぽかぽかします。
それからカイトは、ちょっと困ったみたいな顔にもどって、ヒメハナの髪を手に取りました。
「それにしても、ぐちゃぐちゃになりましたね………寝る前に、ちゃんと櫛を通さないと」
「あ!そうよ、がくぽ!!」
「いい女が台無しだな、マスター!!」
カイトに言われて振り返ると、がくぽは反省した様子もなく、げらげらと大笑いしながら言いました。
「だれのせいなの、がくぽっ?!って、またっ!!」
「俺のせいだな!!」
笑って、がくぽはまた、ヒメハナの頭をわしゃわしゃとなでます。
「がくぽ……」
「心配するな」
困ったみたいに呼ぶカイトのくちびるに、ゴキゲンな顔で屈みこんだがくぽは、ちゅっと音を立ててキスしました。
「が……っ」
真っ赤な顔になって口を押さえたカイトに、ぱちんとウインクします。
「俺がきっちり、いい女に戻してやる。ほら来い、マスター」
「きゃっは!!」
がくぽはカイトの腕の中からヒメハナを取り上げると、赤ちゃんみたいに『たかいたかい』してから、腕に乗せました。
がくぽはたまに、ヒメハナの年がわかっていないような気がします。
でもないしょですけど、ヒメハナはがくぽにこうやってちょっとだけ、赤ちゃんみたいにされるのが、たまにだったら、すごく好きです。
いつもだったら、いやです。ヒメハナは、赤ちゃんじゃないのですから。
ぎゅうっとがくぽに抱きついてから、ヒメハナはカイトを見下ろしました。
「カイト……」
また真っ赤な顔になっていたカイトは、ぺちゃんと座りこんだまま、それでも笑ってヒメハナに手を振ってくれました。
「やってみますから、バナナといちご。………ちゃんとがくぽに、『いい女』に戻してもらってくださいね、マスター」