「えっと……『わたしは、大きくなったらきっと、がくぽがいうみたいに、とっても"いい女"になって、カイトとがくぽの、とってもいいマスターになります。でも大きくなるまでは、二人のことを、もう一人のお母さんとお父さんと思って、あまえさせてほしいなと思います。』………ん、おわりっ」
おしゃまさんをスウィート・サンドウィッチ
ヒメハナはえんぴつを置いて、書きあがった作文を見なおしました。
しゅくだいは、げんこうようしに5枚でしたけど、書きたいことがいっぱいあって、5枚にするのがとてもタイヘンでした。
ヒメハナが学校から出されたしゅくだいは、今度のじゅぎょうさんかん日に発表する、『ぼくの・わたしのかぞく』という作文です。
いつもだと、ヒメハナはリビングで、カイトやがくぽといっしょにしゅくだいをします。
でもこれは、じゅぎょうさんかん日に発表して、家族をびっくりさせてあげる作文です。
――いつもはおうちの方と宿題をしているひとも、これは自分ひとりで、ナイショで仕上げましょう。
そうやって先生にいわれたので、ヒメハナも今日は、自分のお部屋でひとりでがんばりました。
ヒメハナが書いたのはもちろん、カイトとがくぽのことです。ふたりはきちんと、さんかん日に来てくれる約束をしています。
でも、だからふたりを書いたのではありません。
ヒメハナにはお母さんもお父さんもいますけど、ふたりはお仕事でほとんどがいこくにいて、あんまりいっしょにいません。
それでもやっぱりちゃんとお母さんとお父さんですけど、『家族』っていわれてヒメハナがいちばんに思いつくのは、いつもカイトとがくぽです。
大好きなふたりのことだと、たくさんに思えた5枚のげんこうようしも、あっという間にうまってしまって、たらないくらいでした。
「ん………んと、うん、いいわ!できあがり!」
はじめからぜんぶ読みなおして、ヒメハナはにっこり笑いました。はじめてヒメハナひとりでやったしゅくだいですけど、ジョウデキです。
時計を見ると、そろそろおやつの時間でした。
「今日はなにかしら」
ヒメハナはげんこうようしをきちんとたたむと、クリアファイルの中に入れて、かばんにしまいました。
これで、カイトやがくぽに見られることもありません。ナイショは、だいじょうぶです。
「おやつ!」
さけんで、ヒメハナは部屋をとびだしました。
まずキッチンをのぞきましたけど、ふたりはいません。
だったらリビングですから、ヒメハナはぱたぱた走って、リビングに行きました。
「カイト、がくぽ!しゅくだい終わったわ、おやつ………」
「ぁっわわわ!!」
がちゃっとドアを開けてリビングを見ると、やっぱりカイトとがくぽがいました。
ソファの上に――カイトが、がくぽのおひざの上にのって。
がくぽもカイトをだっこしてますけど、カイトもがくぽにちゃんと手を回して、ぎゅって抱きついています。
でもカイトはヒメハナを見るとあわてて、がくぽから手を離しました。
「ぁ、あのあの、マスターっ、えっと!」
「落ち着け、カイト」
「っていうか、手ぇ離せ、がくぽっ!おりるぅっ!!」
顔を真っ赤にしてわたわたするカイトと、いつもどおりのがくぽを見て、ヒメハナはこっくんとつばを飲みこみました。
もしかして、アレの出番なのかもしれません………!
じつはヒメハナは最近、とってもオトナな言葉を覚えたのです。
こうやって、カイトとがくぽが仲良くしているときに使うのよって、教えてもらった言葉です。
「んんっ」
こほん、と咳ばらいしてからちょっとだけ胸をはって、ヒメハナはとっておきにすました声と顔になりました。
「おまじゃだったかしら、カイト、がくぽ?」
「……………は?」
「え?…………えええ?!マスター?!!」
「………あら?」
はじめて使う言葉なので、とってもきんちょうして、なんだかまちがえた気がします。
がくぽはとってもヘンな顔で、カイトのほうは泣きそうな顔になりました。
「マスター!ちょっとこっちに…………、もぉがくぽっ、離し……!」
「いいから落ち着け、カイト!それからマスター!!」
「はいっ!」
泣きそうなカイトと、めずらしいことにちょっときびしい声のがくぽに呼ばれて、ヒメハナはぴん!と背中を伸ばしました。
「こっちに来い!」
「………」
怒ったみたいにがくぽに呼ばれて、ヒメハナはしおしおとソファのところに行きました。
立ったままがくぽを見ると、がくぽは自分のおひざに乗せたままの、カイトのおひざを叩きました。
「乗れ!」
「はいっ!」
「え、わっ、ちょ、っ!!」
びしっといわれて、ヒメハナはぴん!と背中を伸ばすと、カイトのおひざにぴょんと飛びのりました。
「っっぅ………っっ」
「ちょ、がく………ぁ、あの、マスター………!」
「え?だって…………………あら?」
ぴょんと飛びのったヒメハナを、カイトはちゃんとだっこしてくれました。
でもその下のがくぽが、なにか………いたいみたい、な。
「ま、マスター………『乗れ』とは言ったが、飛び乗れとは、言っていない………『飛び』乗れとは………」
「え?え?あっ!」
うめくみたいにいったがくぽに、ヒメハナははっとしました。
ヒメハナひとりだったら、飛びのってもぜんぜん平気ながくぽです。
でも今日は、先にカイトがのっていて――
「あ、あ、ごめんなさい、がくぽ!いた、いたいわよね?!」
「ああ、いい。乗ってろ。あと謝るな。どちらかというと、俺の甲斐性の問題のような気がしてきた」
「かい???」
なんのことだか、さっぱりわかりません。
でも、あわてておひざから下りようとしたヒメハナを、カイトとがくぽはふたりでぎゅっとだっこして、下りられないようにしました。
「で?誰が『お邪魔』だと?」
「そうです!そんな言葉、誰から教わったんですか?!」
きょとんとするヒメハナのおでこに、がくぽとカイトはおでこをこっつんこしてきました。
「マスター。ダ・レ・が、『お邪魔』だ?」
「誰に教わったんですか、マスター?」
ずいずいせまられて、なんだか、とってもこわいです。
ヒメハナはちょっとのけぞって、近くてあんまりよく見えないカイトとがくぽを、それでもいっしょけんめいに見ました。
「え、ええと……………………ママに」
「タカコか!」
がくぽが叫びました。
ヒメハナのお母さんのなまえは、『きわ』といいます。でもがくぽは、『タカコ』と呼びます。
よくわからないのですけど、ヒメハナがヒメハナのことを、『ヒメハナ』と呼ぶのと、いっしょなんだそうです。
眉間にしわをよせたがくぽに、ヒメハナはおずおずと首をかしげました。
「あのね、がく………」
「………」
いいかけて、ヒメハナはだまりました。
やっぱりヘンな顔でだまったがくぽといっしょになって、カイトを見ます。
「ふっくっくっくっく……………貴和ぁあ………っよくも俺のマスターに………………!」
「…………」
「よしよし、マスター……怖くないこわくない。怖くないぞ?」
がくぽがぎゅっと抱きしめてくれましたけど、うそです。
うちで怒ったらいちばんこわいのは、カイトです。
がくぽが怒ってもこわいですけど、カイトが怒るのが、いちばんこわいです。お母さんもお父さんも、そういってました。
「ほら、カイト。マスターが怯えてるぞ」
「え、あっ、えとっ!」
ヒメハナをぎゅって抱きしめたがくぽにいわれて、カイトははっとした顔になりました。
あわててヒメハナを見て、しゅんと肩を下げます。
「だって、マスター…………マスターに、『お邪魔かしら』って言われるなんて………マスターのこと、邪魔にしてるって思われるなんて……」
「え?あっ!」
いわれて、ヒメハナは気がつきました。考えてみればそうです。
ヒメハナのことを、ふたりがじゃまにしているって、いったことになる言葉です。
――そうなんですけど。
「えと、でも………」
「いいか、マスター。そもそも、先に俺たちを『邪魔にした』のは、マスターだ」
「ええ?!」
そんなこと、していません!ぜったいに!!
びっくりしたヒメハナのおでこに、がくぽはごつんとおでこをぶつけました。
「もう忘れたか。『秘密の宿題』だからと、俺たちを部屋から追い出したのは、マスターだろう?おかげでカイトが、しょげてしょげて」
「えええ?!」
「ちょっ、がくぽっ!!」
あわてて見たカイトは顔を真っ赤にして、がくぽのほっぺたをきゅいきゅいとひっぱります。
それでもがくぽはぜんぜん平気で、それどころかヒメハナのほっぺたをきゅむっとつまみました。
「だから俺が慰めていたのに、なにが『お邪魔かしら』だ、マスター。カイトがまた、泣くところだったろうが」
「泣いたの、カイト?!」
「泣いてません!!」
悲鳴を上げたヒメハナに、カイトも悲鳴みたいな声でヒテイしました。
でもすぐに、真っ赤な顔のまま、そっぽを向きます。
「ちょ、ちょっと、びっくりして、さびしかっただけです………で、でも、マスターも大きくなったっていうことですから、そんなっ。な、泣いたりとかはっ。大きくなるってそういうものだって、わかってますしっ」
いいながら、カイトの目がうるるんとうるむのがわかりました。
カイトは怒るといちばんこわいし、でもいちばんやさしいナニーですけれど、とってもさびしがりやさんでもあるのです。
『マスター』であるヒメハナに『じゃまにされた』らきっと泣いてしまうし、ヒメハナに『マスターをじゃまにした』なんていわれたら、――
「カイト、カイト、ごめんね?ヒメハナ、そうじゃないの。しゅくだいがナイショなのは、今日だけよ。それに、カイトとがくぽがヒメハナをじゃまにしてるなんて、思ってないわ」
「ほんとに?」
「……………ええっと」
ききかえされて、ヒメハナはがくぽを見ました。
カイトとヒメハナを抱っこしているがくぽは、まじめなのかふまじめなのかよくわからない顔で、こっくんとうなずきました。
「俺の甲斐性が試されている感がするな」
さらによくわからないことをいってから、がくぽはぱちんとウインクしてくれました。
「三人のときには、三人で愉しむものだ、マスター。俺はマスターを構っているカイトも愛らしくて好きだし、カイトに構われているマスターも好きだ」
「もぉ、がくぽ………!そういうことじゃないでしょ!」
カイトが顔を赤くして、がくぽを見ます。
ヒメハナを見るときとは、ちょっとちがう目です。
でもカイトの手はやっぱり、ヒメハナのこと、ぎゅっと抱きしめてくれたままで、ぜんぜん力がぬけなくて――
「ヒメハナ、ふたりのおじゃじゃじゃ、ないのね」
「はいっ!」
「当たり前だ」
にっこり笑っていうと、カイトとがくぽがそろって、ヒメハナのことをぎゅううっと抱きしめてくれました。
ふたりの間にはさまれてぎゅうっとされて、ヒメハナはつぶれそうです。
これ、ヒメハナが大好きなあそびです――カイトとがくぽのふたりにはさまれて、ぎゅううってサンドイッチにされるのです。
つぶれそうでちょっとくるしいですけど、ふたりの『大好き』がいっぱい伝わって、ヒメハナはサンドイッチにされるの、とっても大好きです。
「ヒメハナサンド!!」
つぶされながら叫んだヒメハナの頭やおでこに、がくぽはがぶがぶとかみつきました。
「おやつに食ってやろうか!」
「きゃぁっ!ぁははっ、ぃやぁ、がくぽっ!」
くすぐったくて、ヒメハナはサンドイッチにされたまま、体をよじって笑いました。
「もぉ、がくぽっ」
「カイトもだ。食ってやろうか?」
「っこら…………っゃ、んっ…………」
「きゃぁきゃぁ、がくぽっ?!」
がくぽはヒメハナをぎゅうっとするだけでなく、頭までぐしゃぐしゃとかきまぜました。
ちょっとらんぼーなのが、がくぽです。あそぶと、いちばんコーフンしてしまうのも、がくぽです。
しばらくして離してくれたがくぽは、ヒメハナのおでこにごきげんでキスしました。
「さてマスター。それはそれとして、本物のおやつにするか。今日はカイト特製、スイーツ・サンドだぞ。食っている間に、髪も直してやろうし」
「スイーツサンド!!ヒメハナ大好き!!ね、ね、さくらんぼは………カイト?」
「ぅ、ぁあう………っ」
カイトはなんだか、真っ赤な顔で口を押さえてます。
きょとんとして見たヒメハナがなにかいうより先に、がくぽはヒメハナとカイトの腰の下に腕を入れました。
「え?がくぽ?」
「ちょ、がくぽ、無茶………っ」
「腰が抜けているんだろう?たまには、甲斐性らしいものを見せてやる。マスターもな」
「えええ?!」
いうと、がくぽはカイトとヒメハナをだっこして、立ちあがりました。
なんだかよくわからないですけど、『かいしょう』ってすごいです。
「もぉ、無茶ばっかりするんだから、がくぽ……っ」
ヒメハナはびっくりして、カンシンしましたけど、カイトは顔を赤くしたまま、瞳をうるるんとうるませて、ちょっと困ったみたいにがくぽを見ました。
「あ、………」
せっかくしあがった作文ですけど、――書きなおしたくなりました。
がくぽはとってもすごいってことと、それからがくぽといっしょにいるカイトは、とっても――
「…………でも………」
これは、みんなには教えないで、ナイショにしたいかもしれません。
だってほんとうに、がくぽとなかよくしているカイトってしあわせそうで、きれいで――
みんなに教えちゃうなんて、もったいないくらいです。
だからこれは、ヒメハナだけの、家族だけのヒミツです。
くふふと笑って、ヒメハナはがくぽの首に抱きつきました。