なんだこのかわいい生き物。
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「…………と、カイ兄者を初めて見たその瞬間に、がく兄者は思うたそうな」
「グミちゃん…………」
グミの解説に、リビングの床に並んでべたっと座ったカイトは、ちょこりと首を傾げた。
「ロイドがイキモノに入るかどうかっていうのは、まだ世界のどこでも結論が出てない問題で………」
「カイトくん、カイトくん………そぉいう話じゃないのよ♪」
まったくもって、そういう話ではない。
いつものようにぅふふと笑いつつも、わずかに呆れた色を含んで遮ったリリィに、カイトは目元をうっすらと染めた。
「ぅん」
幼い子供のようなしぐさで、こっくんと頷く。
――一応、わかってはいたらしい。
わかったうえでの、照れ隠し。
カイトを挟んで座るグミとリリィは身を乗り出すと顔を見合わせ、むふふと笑った。
がくぽの感想に、概ね異論はない。
カイトはかわいい。
ただ、がくぽがそこでぴっしゃんがらんと雷に打たれるまま、ネジをすっ飛ばして失くしてしまったのに対し、妹たちはもう少し冷静だった。
いの一番にがくぽがキレたことで、かえって冷静さが保たれたとでも言おうか。
カイトと出会う前、元々から兄はアレだったために、反面教師にする癖もついていた。
カイトはかわいい。
しかしそのために、理性を失うほどではない。
「まあ、初見からがく兄者は、カイ兄者がかわゆくて仕方なかったということじゃ」
グミがまとめて、後を引き継いだリリィは俯き気味に照れているカイトを覗きこむと、首を傾げた。
「そおそ♪でね、カイトくんはどうだったの?おにぃちゃんのこと、どう思ったの?」
「俺…………?」
ふわふわほわほわと頬を染めたまま、カイトはきゅうっと身を縮めた。
有り体に言って、カイトは『中古品』だ。
初代のマスターが訳合ってカイトを手放さざるを得なくなり、その友人である今のマスターへと引き取られたのだ。
今のマスターは二代目、がくぽやグミ、リリィといった『きょうだい』も、元からの家族ではない。
一見でわかる通り、現在のマスターの『好み』は、カイトの生みのラボではない。別のラボのほうで、カイトを引き取るにしても、それなりに葛藤はあったらしい。
とはいえ、事情が事情でのっぴきならなかった。
一時的にロイド保護局に預ける話も出たが、結局は現在のマスターが引き取ることで話がついた。
基本的に『好み』と違うとはいえ、カイトもロイド――ボーカロイドに違いはない。
そのうえカイトは、旧型機という不自由の多い機体でありながら、そのほんわかした空気で和み系として人気の機種だ。
初めはどこか恐る恐ると接していたマスターも、今では既存のロイドたちと同等か、それ以上に可愛がってくれている。
不満という不満もない、現在の環境だが――
「ヘンだと思った…………」
「カイ兄者…………」
「カイトくん…………」
ふわふわほわほわと真っ赤に染まったままつぶやいたカイトに、グミとリリィは笑顔のまま固まった。
――主に現在変なのは、カイトの反応のほうだが。
そこに折り良くというか、折悪しくというか、がくぽがやって来た。
妹たちは揃って思わず、兄へと同情の視線を投げる。
「なんだ、そなたら」
――当然、がくぽは訝しむ。
しかもカイトがカイトで、がくぽの出現にさらに真っ赤に染まり上がった。
反応がおかし過ぎること、追求しないわけにはいかない。
そして追求された場合、結論として。
「貴様………っ!言うに事欠いて、『変』とはなんだ?!しかもひとのいないところで悪口を言っていたとは、何事だ!それでも兄かっ!」
「わ、悪口じゃないよっ!ぜ、全部ちゃんと言ってないしっ!」
案の定で怒鳴りつけたがくぽに、カイトは慌てて手を振り回す。
「なにが全部だっ!」
「だからぁ………っ!」
あたふたとしつつも、カイトはがくぽの首に手を回した。
――カイトもカイトだが、がくぽもがくぽだ。
不機嫌丸出しで怒鳴りつけながら、妹たちに挟まれて座っていたカイトを抱き上げると、ソファに座った自分の膝に乗せた。まったくいつも通りに。
いろいろ残念な感じに馴れているカイトは、膝に乗せられたときの常でがくぽの首へと腕を回す。
がくぽも不機嫌そのもののくせに、回される腕を決して拒まない。そもそも自分の腕からして、カイトの腰に回っている。
膝に乗せたのも、がくぽだ。
そうやってしぐさだけは甘々べたべたしつつ、カイトは壮絶に顔をしかめているがくぽを覗きこんだ。
「だから………がくぽって、ヘンだなって思って。あと、すっごくきれいで、頭が良くって、やさしくって、………ヘンだなって」
「貴様な………っ」
『全部』ちゃんと言ったカイトを、がくぽは堅気としてやってはいけないレベルの険しい顔で睨みつけた。
「やはり悪口だろうがっ!俺がなにをやって、そうも頑固に『変』だと言い張る?!」
至近距離で怒鳴りつけられても、カイトが竦むこともめげることもない。
どころか首に回した腕にきゅううっと力をこめて、ますますすり寄った。
「悪口じゃないったら!がくぽ、ヘンなんだもん…………っ」
「貴様……………!」
懲りずに言い張るカイトに、がくぽはきしきしぎりぎりと奥歯を軋らせる。
「どうしてそう、悩ましいんだ………っ!人のことを変だ変だ連呼しながら、恥らうな…………っ!!」
言うとおり、がくぽのことを変だ変だと評しながら、カイトはほわほわぼわわんと全身を赤く染めていっていた。
のみならず、もじもじもぞもぞと落ち着きなく体を身じろがせ、首に腕を回していなければ、『の』の字でも書いていそうな風情だ。
「ヘンなんだもん、がくぽ…………ん」
「貴様な……ぁ………っ」
しつこくつぶやきながら、なにかが堪えきれなくなったらしいカイトはぷちゅっと、がくぽのくちびるにくちびるを押しつける。
カイトとがくぽがキスをして、軽く触れ合うだけで終わったことはない。
抗議に開いたがくぽの口の中に、カイトはとろんと舌を潜りこませた。すぐに迎えられて、より以上の激しさで求められ、追い上げられる。
「ぁ、ん、ん………っ、んんぅ………っ」
「は………っ」
ひくひくと痙攣しながら、カイトはがくぽにきゅうっとしがみつく。がくぽのほうも後頭部に手を回して押さえつけ、たまに感覚に驚いて逃げ出そうとするカイトを完全に囲いこんだ。
「ん、ぁくぽぉ…………」
「…………仕様のない兄だ…………こんな誤魔化し方、そうそう赦すと思うなよ…………?!」
「ん、ぁくぽ………キス…………ぅ」
「まったく、手の掛かる…………ふ…………っ」
腐しながら、がくぽは強請られるまま、すでに痺れきって覚束ないくちびるを重ねる。
カイトはさらにがくぽへと擦りつき、甘くあまく与えられる感覚に溺れきった。
「…………まあ、なんじゃ。がく兄者は、ヘンじゃからの。仕方ない」
妹たちがいることにも構わず、ちゅうちゅう吸い合う兄たちを眺め、グミは冷淡につぶやいた。
リリィは胸の前で手を組む乙女ポーズで首を傾げ、いつものように愛らしく笑った。
「そうね~♪ついでにカイトくんもいい加減、ヘンよね~♪」