周囲からこぞってちんぴら呼ばわりされるがくぽだが、それは言葉や傲慢な振る舞いだけのことだ。誰に対しても、手を上げることはない。
初めの頃は怒鳴られたり喚かれたりすると竦んだカイトだが、すぐに平気になった。
がくぽは決して、手を上げない。
直接的な暴力を振るうことは、決してないのだ。
――そう、殴る蹴るといったことは、決してしない。
そこはカイトも信頼しているし、姉妹たちにも異論はない。
が。
散ル散リ湯ノ花
「……………えー…………がくぽ……………」
非常に微妙な表情で、カイトはがくぽを見た。
脱衣所だ。風呂に入るために脱ごうと、カイトが服に手を掛けたところで、がくぽが押しこんできた。
常に尊大に振る舞うがくぽだが、今も例外ではない。どこかしら迷惑そうですらあるカイトの表情にも、めげたりへこんだり、ましてや遠慮したりということは一切なかった。
「なにか言いたいことでもあるのか、貴様。俺が弟らしく殊勝に、共に風呂に入って兄の背中を流してやると言っているのに、なにが不満だ?」
「しゅしょー……………」
それはあれだろうか。カイトが知るすべての漢字とは違う漢字を当てる、なにか特別な言葉だろうか。
まさか逆さに振っても『殊勝』ではあるまいと、内心きっぱり言い切りつつ、カイトは主に面倒さから口にはしなかった。
が、表情にははっきりきっぱり、表れている。
常に威嚇と不機嫌に歪んでいるがくぽの顔だが、あからさまな不快にさらに歪んだ。
「なんだ?なにか言いたいのか。言いたいことがあるなら、すべてぶちまけろ。聞いてやるから。じっくりとっくりと」
「やだぁー…………こわぃー……………」
「ぁ゛あ゛?!」
カイトのつぶやきを耳聡く拾い上げ、がくぽは堅気ではない凄み方をしてくる。
凄まれても、怖くはない。
がくぽは絶対に、手を上げない。確信というより揺るぎない事実なので、カイトは竦みもしない。
思うのは、今日も美貌を無駄にしていて、もったいないなということだけだ。美形の多い芸能特化型であるボーカロイドの中でも、ずば抜けた美貌に造られたというのに。
「貴様」
「だ、って、……………がくぽに、洗ってもらうと……………」
カイトの反駁は小さく尻すぼみに消えていき、合わせて赤く染まった顔も俯いて床へと向く。
実のところ、これが初めてのことではない。
家にいるなら、常にカイトの傍に陣取っているのが、がくぽだ。
常に、だ。
風呂だとて例外ではない。もれなくついて来る。
これが言葉まま本当に、『背中を流し合う兄弟』ならば、カイトも抵抗しない。いい年した男がなにやってるのかなとは思いつつも、なにも言わずに受け入れる。
言葉ままではないから、カイトも微妙な表情になるのだ。
「……………ヘンな声、出ちゃうし」
「そんなもの、塞いでやる。大体、いつも塞いでやってるだろうが」
「そ、だけど…………」
反論の言葉は尻すぼみに消えていき、カイトは俯いたまま、上目でがくぽを見た。
言い出したら聞かない。説得は面倒だ。自分がやりたいことを押し通すためなら、どんな道義も折り曲げて捨てる。
それが、がくぽだ。
「……………わかった。いっしょに、はいる……………」
今日も今日とて根競べに負け、カイトは結局そうつぶやいた。
結論を信じて揺るがないがくぽは、特に喜色を刷くこともなく、悪びれることもない。
「ふん。まったく手間の掛かる兄だ、貴様は」
「はぁい…………ごめんねー」
腐すがくぽに誠意の欠片もない声音で謝り、カイトは諦めて服に手を掛けた。傍らではがくぽも、もそもそと衣擦れの音をさせている。
ちなみに一軒家ではあるが、特に風呂が広いということはない。ごく平均的な現代日本家屋だ。成人男子二人で入るには、浴槽も洗い場も狭すぎる。
二人一度に済ませようとすれば、どうしても肌が触れ合う。
いやむしろ、密着して――
「ん…………っ」
バスチェアに座ったがくぽに背後から抱えられて、カイトはびくりと竦んだ。
カイト自身は、床に直に尻を落としている。とはいえ、主に水跳ねを防止するためのマットが敷いてあるので、感触はやわらかい。
「ぁ、がく…………ぽ…………っ」
「大人しくしていろ。洗えない」
「あら…………ぅ、って………………んんっ、ん……………っぁ、は……………っ」
紡ごうとした反駁はかん高い鼻声に取って代わって、告げることができない。
カイトはきゅっとくちびるを噛んで声を堪えたものの、すぐに涙目でがくぽを振り返った。
「がくぽぉ…………声ぇ…………っ」
霞む声で強請るカイトに、その体に手を這わせるがくぽは瞳を細めた。微妙だが、歪んだくちびるは笑っているようにも見える。
「…………堪え性のない」
「ん…………っ」
完全に振り向いたカイトは、腐すがくぽの首に手をかけてくちびるを重ねる。ちゅっちゅと忙しなく、扉をノックするように何度も何度も触れて強請った。
がくぽはしばらくくちびるを引き結び、カイトが焦れて悶えるさまを眺めていた。
常に険しく尖っている瞳だが、懸命にキスを強請るカイトを眺める今は綻んで、ひどくやわらかい。
「ん、ぁ、がくぽ…………っ」
「ん…………」
カイトの強請る声が本格的に涙声になってきたところで、がくぽはようやくくちびるを開いてやった。すぐさまぬるりと舌が潜りこんできて、がくぽの舌を求める。
「ん…………んんっ、ん……………っ、んんぅっ」
「……………」
首に腕を回してしがみつかれ、ちゅくちゅくと口の中を漁られつつ、がくぽは一度は止めていた手の動きを再開させた。
スポンジではなく、手に直に石鹸を垂らしてカイトの体を辿る。なめらかな肌は石鹸の滑りを借りて、さらに心地よく手を運んだ。
――そもそも『背中を流す』と言ったがくぽが、言葉通りに背中だけ洗ったことなどない。
貴様はうすらぼんやりだから、きちんと体を洗うこともできないだろうなどと難癖をつけて、結局カイトの全身を洗う。
乱暴さの欠片もないやさしい手つきで、丁寧にていねいに、全身隈なく――
「んっ、ぅ…………ふはっ、ぁ、がく……………っ」
「離れるな。塞いでいろ」
「ぁ、ん……………っ」
触れられた場所の際どさに慌ててくちびるを離したカイトに、がくぽはいつもとは違う低く掠れる声で命じた。
全裸で抱き合っているのだ。抑えこまれた激情が、隠しきれずに伝わる。
怒鳴られるより喚かれるよりよほど激しく強く、がくぽが抱えこむ欲望が、抑えようとする衝動が、カイトの体を痺れさせる。
「ぁ…………ぁ、あ」
「カイト」
「ぁ、ふ………………っ、ん、んん……………っ」
滅多に呼ばれることのない名前を、切なく掠れる声で吹きこまれた。堪えきれずにきゅうっと体を丸めても、がくぽの手がカイトを離すことはない。
むしろさらに引き寄せられて、抱えこまれる。
――たからもの、みたいに。
がくぽのくちびるに再び吸いつきながら、カイトは茫洋と霞んだ頭で考える。
カイトの手は、がくぽの首に回ってしがみついている。
がくぽの手は、カイトの男の象徴に絡みついて、曰く嘯かれるところ『洗われて』いる。
「ん…………っ、ふ、んん………っ」
「ん…………」
ゆるりと腰を揺らしても、びくりと引きつって逃げても、がくぽの手はカイトに絡みついて離れない。
とても『洗って』いるとは思えない手つきで、ゆるゆるやわやわと、やさしく丁寧に触れられる。
怒鳴っても喚いても、いくら尊大かつ傲慢傲岸に振る舞っても、がくぽは殴る蹴るといった直接的な暴力は決して振るわない。
カイトはがくぽに手を上げられたことも、上げる素振りを見せられたこともない。
――でも、手は出される。
すでに痺れて、うまく絡めることもできない舌をそれでもがくぽの舌に這わせながら、カイトはさらにきつくしがみつく。
言葉遊びだ。
そうでもして意識を逸らさなければ、とても堪えられない。
体は心地よさにぐずぐずに蕩けて崩れ、原型を取り戻せなくなるかもしれない。
そんなことはないとわかっていても、危惧せずにはおれないほど、がくぽの与える愛撫は心地いい。
いや、愛撫ではない――しつこく嘯くところによれば、『洗って』いるだけだ。
「ぁ、………っくぽ、イっちゃ…………、ん、ィ…………っぅ…………っ」
「…………っ」
わずかにくちびるが離れた瞬間に、切なく呻いたカイトはそのままびくりと震えた。石鹸の泡に塗れたぬるつく体に、それとは違うぬるつきが飛び散るのを感じる。
「ぁ、ふぁ…………っ」
ひくひくとしばらく震えてから、カイトは唐突に力を失って崩れた。しがみついていた腕もずるりと落ちて、座るがくぽの膝に凭れる。
「っ、おいっ」
「ぁ」
慌てたように体を引き上げられたが、カイトはしっかりと見た。
触れもしていない、がくぽの男の象徴が天を目指して屹立していた。
「………がくぽ」
「やめろ。触るな」
「……………」
そっと手を伸ばしたカイトだったが、がくぽは厳しく吐き出しながらその手を掴んで止めた。
潤む瞳で見上げたカイトを気まずく見てから、ふいと顔を逸らす。
「…………放っておけば、じきに治まる。わざわざ、貴様の下手に付き合う必要もない」
「……………」
いつもの居丈高さもなく、小さな声で口早に吐き出される拒絶の言葉。
カイトは支える腕を振り払い、がくぽの腹にきゅむっと抱きついた。石鹸の泡と、吹き出すに任されたカイトの精液とでぬるつく腹にぐりぐりと頭を押しつける。
「おいっ…………っこの、うすらぼんやりがっ…………っ」
頭を埋めたがくぽの腹が、波打っている。堪えがたい衝動を、なんとか堪えようとしているのだ。
――ひとには、手を出すくせに。
さらにきゅむっとしがみつき、隙間もないほどにがくぽに密着しながら、カイトはわずかに考える。
――ひとには手を出すくせに、ひとが手を出すことは、赦さない。
カイトはがくぽの背中に爪を立てつつ、そろりと体を上下させた。ゆるゆると、間に挟んだものを体で擦り上げる。
「っの、やめっ」
「んっ、ぁんっ」
引き離そうと、がくぽが苛立った声を上げながら肩に手を掛けるのとほぼ同時に、カイトのくちびるから殊更に甘い声が迸った。
「ぁ、あ……………っ、あ、きもち、い…………っ、ちくび、がくぽの、きもちい…………っ」
「っっ」
かん高い声で啼きながら、カイトは切れ切れにつぶやく。しがみつく体の動きは大胆さを増して、くねるようにしてがくぽのものに擦りついた。
そこに殊更に当てられるのは、つぷんとした小さな尖り――
「ん、ふ…………っぁ、あ、………んんっ、ちくび、…………っきもちい、よぉ………っ」
「く…………っっ」
熱に浮かされたままに茫洋とつぶやきながら、カイトは体を擦りつける。それだけでは足らず、手を伸ばしてがくぽのものを掴むと、自分の胸に強く押しつけ、撫で回した。
そうやって夢中になっているカイトに、がくぽは奥歯を軋らせる。
きりりと自分の腿に爪を立てると、強張る腕を伸ばして手桶を掴んだ。浴槽から湯を汲むと、蕩けきって淫らな遊びに興じるカイトの頭に容赦も躊躇いもなく、ざぶりと振りかけた。
「ぅわぷっ?!」
「っの、うすらぼんやりがっ!!」
「っぁ、え、ふぁっ?!」
まさに文字通り、頭から水を被せられて――湯だが、この場合些細な問題だ――、カイトははっと我に返った。
しかし反射で上げた顔は、さらなる驚愕に固まる。
一瞬にして天地がひっくり返り、カイトは床にころんと転がされていた。下にはクッションの利いたバスマットが敷いてあるから痛くはないが、瞬間的に目が回る。
瞳を見開いて固まるカイトの体に、再びばしゃりと湯が被せられた。
「んっ、ぁ、がくぽっ?!」
「まったくもって手の掛かるやつだな、貴様は!ひとが忍耐を発揮してやったというのに、あっさり無為にしおって!」
「がく…………っぁんっ!」
慌てるカイトを押さえこみ、がくぽは泡を流した胸にむしゃぶりついてきた。大きく跳ねたカイトもさらに押さえこんで、雄に嬲られて真っ赤に勃ち上がった尖りを貪るように、舐めしゃぶる。
「ぁ、あ…………っぁ、がく…………がくぽ…………っ」
「……………っ」
くちびるは胸に吸いつかせながら、がくぽは片手を伸ばしてカイトの下半身を探る。ゆるやかに勃起しかけている場所を通り越し、その奥で貪欲にひくつく襞に。
周囲をさらりと撫でた指は、刺激に襞がぱくりと口を緩めたところで、躊躇いもなく押しこんできた。
「ぁ、がく…………っん、ん………っ」
「聞かんぞ。誰のせいだ」
「んん…………っ」
胸を嬲られながら、慣れさせられた下半身を解かれる。
カイトは過ぎる快楽にぼろりと涙をこぼしながら、がくぽの首に手を回した。髪を分けて肌を引っ掻き、招かれるままに顔を上げたがくぽにきゅうっとしがみつく。
立てた膝でがくぽの腰を抱えこみながら、カイトはぐすりと洟を啜った。
「が………くぽ。………い、れて、いい、………けど。中、には……、出さない、で」
「………………」
ささやかれた言葉に、がくぽは束の間動きを止めた。カイトはしがみつく腕に力をこめる。
ややしてがくぽは、痛いほどに挟むカイトの足を力の差に物言わせて押し開き、ほぐれて口をぱくつかせる淫らな秘所に滾る己を宛がった。
「がくぽ」
「わかっている」
涙声で再度求めるカイトに、がくぽは苦く吐き出した。
「中には出さん」
口早につぶやくがくぽに、カイトはきゅううっと抱きついた。