Today's Fortune:Halloweeeen!
小用を片づけて家に帰ってみればだ。お出迎えたのが例のあの、シーツお化け二体――もとい二匹――、つまり二人で、だ。
それが仲良く片手ずつ、右手と左手を上げてぱんと打ち合わせ、言うわけだ。
「「どちらが――」」
「ちょい待って、がくっぽいどにがくっぽいこ。ふっつーそれって、目のとこに黒い色紙を貼るんでなしに、穴あけない?穴あけないと、なんも見えないな?なんも見えないで動いたら、ケガすんだろ。ケガしたらおまえら、嫁がギャン泣きしながら怒るよね?!」
――主にマスターが恐れたのは、最後の部分である。この場合、曰くの『嫁』の怒りの矛先は旦那たちではなく、マスターに向かうからだ。理由も理屈もいろいろあるが、とにかく怒られるのはマスターなのだ。
で、いつになく素早くツッコんだマスターに、お化け二匹もとい、二体な二人は、打ち合わせたままの手をきゅうっと握り合った。
わずかな沈黙。
の、のち。
「「マスター、はずれ」」
「いや当てにいってないっ!当てにいってないってか、まだ答えてない以前に、そういや問題もまだ聞いてないーーーっっ!!でっ!」
無情な裁定に震撼して叫んだマスターの後頭部をはたき飛ばしたのは、また別の小用を片づけて帰宅したカイトだった。
「玄関で騒ぐな叫ぶな喚くな!なにより邪魔なんで、とっとと中に入ってもらえませんかねっ!」
頭を抱えるマスターにも容赦なく、カイトは憤然と続ける。
「そんなにうちに入るのが嫌なら、嫁に行ってもらっていいんですよ、マスター!」
「だがことわる!」
「あんたが断ることを断る!!」
「ごっふ………っ」
間髪入れずに返されたカイトの威迫に、所詮、だだっこでしかないマスターはあえなく敗北した。ほとんど縋るようにして、床に這いつくばる。
「おうちだいすき……かぞくのまってるおうち、だいすきです………ここがおれのおうちですぅ………」
「大分、結婚に対して前向きになったみたいですね、マスター。あんたが『家庭』を持つことに肯定的な意見を吐くんですから!まったくもって結構なことですが、……で?『待ってる家族』のがくぽとがくは、それ、なにやってんの?」
いつものごとく、完膚なきまでにマスターを潰したカイトに振られ、例のあの、シーツお化け二匹、もとい二体な二人は片手ずつ、それぞれ右手と左手を上げた。ぱんと、打ち合わせる。
「「どちらが兄武者で、弟武者だ」」
シーツの内から吐きだされた問いに、マスターはどこか安堵して力を抜き、床に懐いた。
「あー、やっぱいつものあれで合ってた…」
「ああ、落ち武者コスね」
「まさかの『落ち武者』コス!」
――くり返すが、マスターとカイトの前にいるのは例のあの、シーツお化けだ。シーツを頭からひっ被っただけという、もっともオーソドックスなスタイルの。
間違っても落ち武者ではない。落ち武者感は皆無以上に、絶無だ。
が、いわば『外身』の正体に驚愕したのはマスターだけだった。
カイトはむしろ、淡々と続けた。靴を脱ぎつつ、ぴっぴっと指差す。
「こっちががくぽで、こっちががくでしょ。なあに?商店街のハロウィンパレード、それで出ることにしたの?おまえたちの顔が見えないと、みんな寂しがると思うけど。なにより、それじゃ、コケてケガするでしょ。せめて目のとこに穴あけて…」
概ね、先のマスターと同じことを指摘したカイトに、シーツお化け二匹、もとい二体な二人は打ち合わせたままの手をきゅううっと、握り合った。
きゅうううっと握り合い、きつくきつく互いに縋り――
「「カイト、はずれ」」
「え?」
「………あ?」
絞り出された苦しい声に、カイトはきょとんとする。が、言うならそれだけだ。きょとんとしただけ。
反応が激しかったのはマスターのほうだった。身を跳ね起こし、滅多になく強張った表情で、シーツに隠れるがくぽとがくを見据える。
がくぽとがくといえば、たぶん、すっかり項垂れていた。シーツの傾きというか、動き的にそうであろうという推測だが。
「シーツに穴をあけては、嫁に余計な、つくろいものの仕事が増えるであろう」
「我らが嫁は、マスターの愚かさを補って余りある、きまめな、倹約家の嫁よ」
「千々に引き裂きでもすれば、新たに買い替えも検討するであろうが…」
「目の穴程度であれば、つくろえばまだ使えると、――余計な負担になろうが」
「あー……」
シーツの内からもそぼそと説かれた『はずれ』の理由に、強張っていたマスターの表情が緩んだ。反ってにひゃりと、情けないほどの笑みに崩れる。
対して、カイトだ。
「誰がけちんぼだ!」
憤然と、叫んだ。
叫ぶだけでなく、シーツお化けに扮する旦那どものもとへつかつかと寄ると、その頭――と思しきところ――を、軽く叩き飛ばした。
「大体、僕が好きでやってることに、けちをつけないでもらおうか、このおばか亭主ども!」
「しかし嫁よ」
「言うが嫁よ」
「ひとのこと『嫁』呼ばないっ!」
ひどく理不尽なことを堂々叫び、カイトはシーツを被ったままの旦那どもの頭をまとめて抱えこんだ。きつく、締め上げるようにきつく胸に抱いて、――
笑う。
「僕は好きで、たのしいから、おまえたちの面倒を見てるんだ。おまえたちの世話を焼くのは、僕の義務じゃない。権利だ。取り上げようなんて、『だがことわる』だ」
先のマスターの言葉を、強靭な意思とともに言いきって、カイトは軽く、振り返った。離れたところから、淡い笑みを浮かべて見守るマスターにべっと、舌を出す。
「あんたもですよ。僕はあんたの面倒を、できればずっと見ていたいんだ。たのしいからね。それでもいつかは、嫁に蹴り出します。まあ、――いつか、ね」