ハニーレモンスカッシュ追いハニー付き
子どもの考えることがわからない。
部屋の隅、物陰に隠れたがくぽは膝を抱え、可能な限り背を丸めて小さくなり、暗然と考えこんでいた。
そのすぐそばでは、考えることがわからない子どもこと、かいちょが座りこんでゴミ箱の中を覗きこんでいる。
じーっと、じじじーーーっと、真剣に中を覗きこんでいたかいちょは縁に手をかけると、ゴミ箱に突っこむのではというほど顔を寄せた。
そして、呼びかける。
「ぁくぽー?ぁくぽー………ぃないのー?」
――念のため、ゴミ箱の大きさを確認しよう。幼子が床にぺったり座りこんでも、中を覗きこめるほどの高さしかない。幅とて同様だ。かいちょの足の間に、無理なく挟まる。
その中にがくぽが隠れていると考える、根拠はいったいなんなのか。
がくぽとかいちょと二人で、かくれんぼ中だ。オニはかいちょだ。
かくれんぼの初め、隠れたがくぽを探してかいちょがいちばんに向かったのは、トイレだった。
この判断は、わかる。託児室や公園などと違い、まったき成人男性たるがくぽが自宅内で身を潜められる場所というのは、非常に限られるからだ。
その中で『トイレ』というのは、確かに筆頭候補だろう。だから、ここまでは良かった。
もちろん、今の状況からも明らかなように、がくぽはトイレに隠れていなかった。隠れておけば良かったと、今となれば思う。そうすれば後の惨劇が少しはましだったはずだが、もはや後の祭りだ。
「ぁくぽー……ぃないのー?」
きょとんとした声で呼びかけつつ、かいちょは無人のトイレに入って行き――
出て来たときにはなぜか、その手にトイレットペーパの端が掴まれていた。
くり返そう、端だ。トイレットペーパの。
「ぁーくーぽー、みっけんのーよー♪」
妙な節をつけて唱えつつ、かいちょはぽてぽてと歩き回った。トイレットペーパの端を掴んだまま。
トイレの扉も開けたままだった。かいちょには『閉める』という発想がない。
ついでに、補充したばかりでロールは新しく太く、もうひとつ言うならミシン目のないタイプだった。
途切れない。おそろしいほど、途切れない。
がくぽがトイレットペーパの紙質について熟考を迫られる中、リビングに辿りついたかいちょは、自分のおもちゃ箱を次から次へと引っ張り出し、覗きこんでは、中身を床にぶちまけた。
「ぁくぽー?ぁくぽ、ぃないのー?ないないのー?」
――幼いかいちょが難なく引っ張り出し、苦もなくひっくり返して中身をぶちまけられるようなサイズの箱だ。
そこにがくぽが隠れていると考える根拠は、いったいなんなのか。
しかしてかいちょは真剣そのものの顔で、おもちゃ箱をすべてひっくり返した。本棚から、絵本をすべて引っ張り出した。開けられる引き出しはすべて開け――危ないものや、大切なものが入っている引き出しにはもとより、鍵がかけてある。今回、これが唯一幸いと言えることだった――、中身を床に投げ、リビングは正しく、足の踏み場もなくなった。
そしてかいちょが最後に手を掛けたのがゴミ箱だったが、もちろん、がくぽはそこに隠れていない。そば近くにはいるのだが、かいちょは一心不乱にゴミ箱を覗きこんでいる。
だから、いないのだ、がくぽはそこに。
かいちょはゴミ箱もひっくり返し、中身を床にぶちまけた。
「ぃない………んんー………っ」
悩ましいと唸り、かいちょはしばし動きを止めて考えこんだ。
悩ましいのはがくぽのほうだし、唸りたいのもがくぽのほうだ。いやむしろ、泣きたい。
ここ十分ほどで家の中の惨状たるや、幼児脳の奇ッ怪極まる世界観とともに、理解の範疇を軽く超えている。
いったい自分はなにをしているんだったかと。
がくぽの暗黒面が目覚めかけたところで、かいちょがはっとした様子で顔を向けた。
キッチン方面だった。
「あぃしゅ……っ!!」
――それがなにを示しているかは、もうこの際どうでも良かった。今、自分がなにをしているかということもだ。
かいちょがぱたぱたと脇を走り抜けた瞬間、がくぽはその小さな体を捕まえ、抱え上げていた。
「かいちょ」
「ぁくぽーーーっ!みっけー!!んふぅっ、ちかまえたぁっ!!」
「……」
実際、『つかまえた』のはがくぽのはずだ。が、かいちょは得意満面で宣言し、ぎゅうっとがくぽの首にしがみついてきた。上機嫌で、ちゅっちゅと頬にキスをくり返す
が、普段、溺愛を注ぐ幼子とはいえ、さすがに流せる状況ではない。
がくぽは腕に抱えるかいちょへ、厳しい表情を向けた。
「かいちょ、今していたのは、かくれんぼだな?かくれんぼというのは、こういうものだったか?本当に、がくぽを探していたか?」
実は、かこつけて悪戯がしたかっただけではないのか。
いつになく厳しい声音での問いだったが、かいちょはまったく悪びれない、否、微塵も疑いのない顔で頷いた。
「しょーよ!おにちゃん、みっけも、いたじゅやもしゅゆかや、いーーっちゅも、おおーそがしなの!おにちゃん、みっけしながや、いたじゅやもして、みっけれきないこ、よんれね!いたじゅや、やーよって、れてきたこ、ちかまえて、たべちゃうの!」
「………」
がくぽの表情は空白に堕ち、しばらくかいちょと見合った。
やがて視線を惨状夥しいリビングへ回すと、がくぽはこっくり頷いた。
「なるほど……このような単純な遊びですら、今昔での変化はこうも激しいものなのだな………………!」