はないちもんめ
小さな夜をゆくための奇貨寓話集
気がついても黙っていたがくぽだが、ややして――わりとすぐに――諦めた。
顔を上げると、腕とともに口を開く。
「カイト、来い」
「!」
呼んでやると、カイトの表情は花開くように明るんだ。
へたりこむような姿勢でリビングの床に直に座っていたのが、カエルのように飛んで立ち上がる。ソファに座ったまま腕を開いて待つがくぽの元へ、勢いよく飛びこんできた。
待ってましたとばかりの勢いをしっかりと受け止めてやりつつも、がくぽは軽く、顔をしかめてみせた。
「呼ばれるまでじっと見て待つのでなく、たまにはそなた自ら行動を起こしてみろ、カイト。俺がそうそういつでも気づいてやれると…」
「♪」
水が急坂を下るような、滔々たるがくぽの説教はしかし、中途半端なところで切れた。お説教などまるで耳に入っていないだろう、ご機嫌なねこの様相で懐いていたカイトのくちびるが、がくぽの口の端を掠めたからだ。
触れるだけ、それも、ひどくあえかに――
「♪」
口の端、くちびるに触れるか触れないか微妙なところに、カイトはご機嫌に綻ぶ自らのくちびるを、何度もなんども当てる。
――否、実際、カイトはそう何度もなんどもくり返し、歓びのキスをしてやれたわけではなかった。
「やれやれ!」
事態を把握するまで、がくぽが呆然と費やした時は真実、ほんの束の間、刹那の程度だった。
すぐさま我に返ったがくぽは、お説教用にしかつめらしく抑えていた表情をあえなく崩す。笑いほどけて、膝に上げたカイトを抱え直した。
次の瞬間にはカイトの体をソファへと横たえ、伸し掛かる姿勢へと変わる。
「…?」
急な景色の変転に処理が追いつかないカイトが、不可解そうに瞬く。が、こちらもそう、長いことではない。カイトの視界はすぐ、笑うがくぽの顔でいっぱいとなったからだ。
その笑うがくぽの顔すら、あまりに近くなり過ぎ、見えているのにうまく見えなくなり――
ソファに『横たわる』というより、沈みこむような風情となったカイトからあえかに体を浮かせ、がくぽは唾液に濡れるくちびるを上機嫌で舐めた。
「俺に言われるのがわかって、先に行動を起こしてみせたか?かわいいな、カイト……」
「………」
蕩けるような笑みとともに言うがくぽへ、カイトが向けた瞳には若干ならぬ呆れが含まれていた。
だからと、訂正なりなんなり、するわけではない。
それはがくぽにとって都合のいい解釈ではあるが、カイトにとっても悪くはないからだ。
お説教を誤魔化せるし、なにより、こうしてがくぽに組み敷かれ、伸し掛かられることは、嫌いではない――
肯定もしないが否定もせず、ただ腕を伸ばして首に掛けたカイトへ、がくぽの笑みはますます蕩けて熱を持った。
「たっぷりと褒美をやろう。次へとまた、繋がるよう」
ささやきは、くちびるがくちびるに触れる寸前――カイトののどが鳴って、唾液とともに飲みこむように。