macaroni
小さな夜をゆくための奇貨寓話集
よく晴れた日中のリビングは非常に明るかったが、悩むカイトに光は差さなかった。
つまりがくぽだ。がくぽの寄越した問いだ。
「白馬と椅子なら、どちらのほうが良い?」
懊悩するカイトの心の内を無理にでも言葉に換えるなら、こうだ。
――なにその選択肢?
――なんでその選択肢?
――なにがあってその選択肢?
概ねこれか、これに類似する問いだけがひたすら、カイトの思考の内でメビウスの輪をジェットコースターに、巡り巡って堂々巡りに巡り回っていた。
そもそも、状況が悪い。マスターは小一時間前に出かけて、日中のリビングにはカイトとがくぽの二人しかいなかった。
挙句カイトはいつものようにがくぽの膝に上げられていて、逃げようもない至近距離であり――
「っ!」
「『あ、思い出した!そういえば今日ってダッツの期間限定新作味の発売日じゃん?!マスターに帰りに買ってきてって頼むの、忘れちゃった!こんな大事なこと忘れるなんて、俺のばかばかばかばか!』?」
「?!」
突然の閃きに飛び出そうとした体が、急制動とともに再び、がくぽへ向き直る――カイトの思考の一言一句を、まるで違えることなく言ってのけた男へと。
驚愕に湖面の瞳を丸くし、揺らがせるカイトを見返して、がくぽは軽く、肩を竦めた。
「思考の逃避が一目瞭然だ、そなた」
「………っ」
「とりあえずな、その件に関してなら案ずる必要はない。すでに最寄りのコンビニに予約済だ。あけすけに言うなら、友人特権を用いて取り置きしてもらっているということだが……なんにしろ、言われずともマスターは買って帰るゆえ」
「っ!」
「否、玄関で正座待機とか待て。どれだけ愉しみ――否、愚問だった。愉しみだなそうだな。しかしてその前に問いに答えてゆけ。なんの話だという顔を素でするな。逃避力が高いにもほどがある。めげるぞさすがに」
――めげてくれれば思うつぼというものなのだが。
立て板に水と言ってのけたがくぽは、今にも飛び出さんとするカイトの腰を抱く腕に力をこめた。呆れを隠しもしないカイトにも気後れすることなく、止まることを知らずに口を開く。
「だからな、カイト。そも俺は、そなたにとってまたと得難き最上の椅子であると自負しているわけだが――しかしそなたはわりに、活動的な男だな?活発だ。ということは、椅子に座ってじっとするより、馬に跨って駆け回ることのほうが、好ましかろう。となればいかに最上であろうと、椅子よりは馬のほうが、そなたの嗜好と合おうな。だがな、同時にこうも思うのだ――活動的なそなたであればこそ、たまさか疲れて休む椅子は、最上のものであるべきではないのかと。で、俺では結論が出ぬゆえ問うのだが、そなた、白馬と椅子なら………」
その問いは、最終的にカイトのくちびるに阻まれた。
止めどころもわからない勢いで機関銃のように言葉を吐きだすがくぽのくちびるを、カイトは自らのくちびるで覆い、やわらかに食んで呑みこむ。
止まらない言葉とともに、がくぽが駆られたなにかの焦りや不安といったものも吸い上げ、呑みこみ――触れ方は慰撫と情愛に満ち、熱っぽくも、非常に甘やかすものだった。
「………なるほど」
ややしてくちびるが離れると、がくぽは憑き物が落ちた顔でつぶやいた。
「恋人か。第三の選択肢か――……畜生。誤魔化されたのが明々白々だというのに、ぐうの音も出んな…」