じゅげむじゅげむ
小さな夜をゆくための奇貨寓話集
がくぽは今、カイトへ言いたいことがある。
――この場合のポイントは『言いたいこと』であって、『伝えたいこと』ではないということだ。
否、もしも『伝える』という語を使うなら、『伝えねばならない』と、強制力が上がるだけの。
「…」
自らの考えに、がくぽは眉をひそめた。
そう。
がくぽが今、胸にわだかまらせるのは、カイトへのお説教だ。もしくは、お小言。
どのみち叱責に類される――
「…っ」
ひそめた眉とともに引き結んだがくぽのくちびるに、くちびる。
カイトだ。
甘えるようでもあるし、甘やかすようでもある。羽ばたくようにがくぽのくちびるに触れて、離れたくちびるはひそめた眉間へ、やはり羽ばたくように、軽く。
すぐさま取って返して、もう一度がくぽのくちびるに、くちびるに、もう一度、くちびる、――
がくぽは今、カイトへ言いたいことがある。
この場合のポイントは『言いたいこと』であって、『伝えたいこと』ではないということだ。
がくぽの胸には、カイトへのお説教がわだかまっている。あるいは、お小言だ。どのみち、叱責の。
しかしがくぽともあろうものが――他家の『がくぽ』は知らず、とにかく当家の『がくぽ』だ――、未だ一語もこぼせないままでいた。
カイトだ。
怒られるとわかった瞬間から、ソファに座るがくぽへ覆い被さるように伸し掛かり、キス責めにしてきた。
おかげでがくぽは言いたいことを一語たりとて言えないまま、→至る今。
ソファへふんぞり返るように座るがくぽへ覆い被さり、カイトは飽かず、めげず、くちびるを降らせる。
そんなことをしても、無駄だ。無意味だ――以前にむしろ、逆効果というのだ。
――どこでこういう誤魔化し方を覚えてきた!
という。
――こんなことでまさか、俺が誤魔化されると思うのか!
という………
そう、誤魔化されない。誤魔化されるわけがない。
がくぽは誤魔化されない。こんなやり方では誤魔化せない。誤魔化されているから黙っているわけではなく、ただ開こうとするくちびるにちょうどよく、くちびるが重なるので――
「………」
「…っ」
湖面の瞳が媚びを含み、がくぽの様子を窺って、あえかにキスが止まる。
対するがくぽは、見せつけるようにきつく、くちびるを引き結んだ。未だ誤魔化されてはいない、まだまだ危機は去っていないぞと、花色の瞳も鋭く、毅然と見返す。
――わずかにもこころ動かされてなどいないので、キスを止めるには早い。
という。
窺うようだったカイトの表情が笑みに咲き綻び、くちびるが近づいてくる。
自分がどれほど誤魔化されていないか、念押しのひと言をと開いたがくぽのくちびる、音がわずかにもこぼれる、その寸前。
カイトのくちびるが、羽ばたくようにがくぽのくちびるに触れて、封じるから、――
やはりお小言は、先延ばしだ。