YELLOW MONKEY Loves
「カイト!」
「っわっ!」
喜声とともに大きな体に勢いよく抱きつかれ、カイトは無様にふらついた。しかしそのまま、地面と仲良くなることはない。
容赦も加減もなく抱きついてきた当の相手が、きちんと支えてくれたからだ。
「ああ、すまない、カイト………会えたことがうれしくてつい、我を忘れた。怪我はないか?」
「ん、うん。へーきっ」
しっかりと腰を支えられた状態で訊かれ、カイトは苦笑して答えた。
かたや無様にふらつき、かたや軽々と、片手で腰を支えきる。
体格の差以上に膂力や器用さの差に、複雑な気持ちになることも多々ある相手だ。
苦笑しながら顔を上げ、支えてくれる腕をそっと叩いたカイトは、さらに苦笑を深めた。
「カイト?」
「……………ぅうん。ありがと、がくぽ」
複雑な気持ちになる。けれど顔を見てしまうと、胸中のもやつきはすっとんと落ちてしまって、わだかまりを引きずることが出来ない。
がくぽが持つ突き抜けた美貌のせいなのか、それがトモダチということなのか――
よくわからないまま、けれどカイトは自分を軽々抱き支えるがくぽに笑いかける。やさしくおっとりと、翳りもない表情で。
「………礼はいい。私が悪かった。大人気もなく、感情ままに飛びつくなど。本当に、痛むところはないか?」
「うん。だいじょうぶ。これでも俺、結構頑丈なんだから」
手を離せば、途端に足を挫いて倒れるとでも心配しているのか、がくぽはカイトの腰を抱え込むように支えたままだ。離す気配がない。
先には募った感情に至極素直に、大きな体で容赦も加減もなく飛びついて来た。が、こうして冷静さを取り戻すとひどく礼儀正しく、過保護なのが、がくぽというものだった。
そのギャップが面白いし、ギャップを生み出すほどに自分を思ってくれることが、密かにうれしい。
だからカイトは苦いものを消した笑みで、がくぽの過保護の虫が治まるのを待つ。
そんなカイトをじっと見つめていたがくぽは、ややして気弱に首を傾げた。対して、腰を抱く腕には縋る力が込められる。
「本当に?怒っていないか?」
「ん?うん。………なんで怒るの?」
逆に不思議になって訊き返したカイトに、がくぽは苦いものを飲みこんだ顔になった。歪んでもきれいな顔がすっとカイトに近づき、耳にくちびるが触れる。
「っんっ!」
「キスしてくれていない」
くすぐったさに竦み、上がりかけた声を懸命に飲みこんだカイトに構うことなく、がくぽは懸念を吹き込む。
「今日はまだ、キスしてくれていないだろう………?」
「ぁ、き、す………?」
くすぐられる耳朶に思考を奪われながら、カイトはがくぽの言葉をくり返した。
なんの話だと思う。自分たちは友人で、しかも男同士で、出会っていきなりキスし合うような仲では――
「あ」
思い至って、カイトはぱっかんと口を開いた。もがいてわずかに体を離すと、がくぽを見つめる。
案じる表情だ。憂う色が、突き抜けた美貌に艶やかな香りを添え、たとえ同じ男とわかっていても見惚れずにはおれなくなる。
ほんの少しばかり陶然と眺めてから、カイトはおずおずとがくぽへ手を伸ばした。頬に触れるとがくぽはまるで、犬のようにすり寄るしぐさをする。
笑みを取り戻したカイトは、すり寄る頬を招き、軽くくちびるを触れさせた。
カイト――KAITOシリーズのデフォルト設定だ。親しい仲へは、男女を問わず挨拶のキスをする習性がある。
古式ゆかしい『日本男児』として設定されている『がくぽ』には馴染みがなく、抵抗が大きい習性だとしばしば聞くが――
「ね?………怒ってない。だいすきだよ、がくぽ」
くちびるを離す間際にささやくと、がくぽはぴくりと肩を揺らした。腕には抱き潰さんとばかりに力が込められる。
「がくぽ」
痛いと、責めるでもなくおっとりささやいたカイトに、がくぽは大人しく体を離した。腰を抱く腕を離すことはなく、しかしにっこりと笑う。
「私も好きだ、カイト」
「………うん」
頷きとともに笑みを返し、カイトはわずかに首を傾げた。
「………うん?」
なにか、微妙に、釈然としない。ような。気が。しかしいったい、なにが?
もやつくばかりではっきりしない心のうちを探るカイトを、がくぽは不可思議な感情を宿した笑みで見つめていた。
しかし、長くはない。
腰を抱く腕の角度を変えると、ぼんやりと考えに沈むカイトへ、歩くよう促した。
「さて、カイト。いつまでも挨拶にかまけていると、他の人に怒られる。今日も頑張ろう」
「え、あ………うん。だ、けど」
仕事仲間のいるところへ誘われていることはわかって、カイトは戸惑いに首を傾げた。まるで当然のように腰を抱いて歩くがくぽを、困ったように見上げる。
「ええと………」
支えられなくても、ひとりで歩ける。
なにもないところで転ぶ属性もない。
なにより男同士の、それも単なる友人が、腰を抱いて歩くのはなにかが違う。
身の内に渦巻く言葉は山のようにあって、そのひとつも音にならないまま、カイトは表情を笑みに変えた。
大人しくがくぽに添い、歩く。
ちょっとばかり行き過ぎて過保護なのが、カイトの友人である男だ。同じくらいの年齢設定だというのに、ひとをまるで、小さな子供のように扱う。
物思うこともあるけれど、そういう扱いが自分に対してだけだということも、わかっている。
物思うことはあっても、特別扱いに心躍る自分がいることを知っている。
だから浮かぶ言葉は口にしない。
「………カイト」
「ん?」
ふいに真摯に呼ばれて、顔を上げた。
間近に、声音通りの表情を浮かべたがくぽ。
見えないほどに近い顔がさらに近づいて、――
「……………?」
きょとんとして足を止めたカイトを、がくぽは微笑んで見つめていた。
離れたことで、つぶさに眺めることが出来る美貌は、得意げでもあり寂しげでもある。
笑っているのがいい。
翳りもなく健やかに、光り輝いて笑うがくぽが。
きょとんとしたまま思考が片隅でつぶやき、カイトは思うこともなくがくぽの頬に手を伸ばした。