じーぜりあ
閉じられたカーテンの脇から、そっと入って来るひとの気配。
気がついても、ベッドに横たわったカイトは瞼を開くこともなく、微動だにしないまま、頑固に背を向けていた。
無言で、しかし強固ななにかを叫ぶその背中に、苦笑が落とされる。
「始音さん、今日もお薬を飲まなかったそうですね?困りますよ」
「………っ」
低く、耳に甘い声が笑いを含んで吹きこまれる。
しかしカイトは応えることなく、むしろさらに拗ねた様子で、もふんと布団の中に潜りこんだ。
はっきりと届く、笑う気配。
きしりと音がして、ベッドの端に腰かけられた。
「カイト。………君、いくつの子供なんだ?年を忘れたと言うなら、教えて上げようか?」
「………」
布団の隙間からわずかに覗く髪を梳かれ、カイトはぴくりと震えた。
もそもそと、顔を出す。が、声は出さない。
視線ばかり恨めし気に、ベッドに腰掛けて愉しそうに笑う主治医を睨み上げる。
艶やかな長い髪が決して鬱陶しく見えない、桁外れの美貌の持ち主だ。夜勤明けで多少よれた白衣を着ていても、カイトの主治医であるがくぽは色香に満ちている。
うっかり見惚れかけて、カイトはきゅっとくちびるを咬んだ。
「困ったね」
まったく困った様子もなくつぶやき、がくぽはサイドボードに手を伸ばした。
そこには、食事後にカイトが飲むはずだった薬と水が、放り出されている。
パッケージから錠剤を取り出したがくぽに、カイトはさっと顔を逸らした。布団を掴む手が、微妙な動きを見せる。
再び布団の中に潜ろうか、それとも――
葛藤を見て取って、がくぽのくちびるが刻む笑みは、妖しさを含む。
堪えても堪えても歪むくちびるに錠剤を咥えたがくぽは、そのまま決めきれずに身動きの取れなくなっているカイトへと屈みこんだ。
はっと顔を向けたカイトへにんまり笑うと、躊躇うこともなく口づける。
「ん………っ!」
びくりと震えたカイトの手は、一度、きゅうっと布団を掴んだ。しかし一瞬のことで、すぐさまがくぽの首に回り、縋るようにきつく絡みつく。
「ん………っ」
くちびるを割って押しこまれた舌が、咥えていた錠剤をカイトの口の中に落とし込む。押し返そうとした動きを制し、共にとろとろと流し込んだ唾液とともに呑みこむように強制された。
「んく………っ、けほっ!」
カイトが抵抗しきれずに呑みこんだところで、がくぽは一度離れた。同じくサイドボードに置かれていた、水の入ったコップを取ると、自分の口に含む。
ひと口は自分の咽喉に流し、ふたくち目を含むと再び、カイトへ屈みこんだ。
眉をひそめていても抗わないカイトのくちびるを塞ぐと、今度は水を流し込む。
「んぶ………っ、んっ、ん…………っぷ、ん………っ」
常温で放り置かれていたためだけが原因ではなく生温い水を、カイトは咽喉を鳴らして飲んだ。
追って、がくぽの舌がカイトの口の中に入りこむ。
息つく暇もなく弄られて、カイトはびくびくと震えた。けれど抵抗することはなく、もっとと強請るように、腕ががくぽの首に回って縋りつく。
その腕からも力が抜けて、カイトの意識が飛ぶ、寸前。
「カイト………頼むから、きちんと薬を飲みなさい」
くったりとベッドに沈むカイトに伸し掛かったまま、ようやくくちびるを離したがくぽは、苦しい言葉を吐き出した。
うまく出来ない力加減をなんとかしようと、がくぽの腕は引きつるように震える。
「私が言うとおりにきちんと薬を飲んで、早く治して、さっさと退院してくれ」
「んっ、ぁ………っ」
狂おしくも熱っぽい声に耳朶をくすぐられて、カイトはふるりと震えた。力の抜けていた腕が上がり、伸し掛かる主治医の白衣をちょこりとつまむ。
堪えても堪えきれず、がくぽはカイトを抱く腕に力を込めた。
「ぁ、せん、せ………っ」
「さもないと私は、病人の君に無体を強いてしまう。医者として以前に、そんなことはそもそも、人間として駄目だとわかっているが――触れたいよ、君に、カイト。我慢ももう、限界だ」
「ん……っ」
痛いと上げたあえかな悲鳴も聞いてくれず、カイトを抱きしめるがくぽの腕にはきつくきつく力が入る。
眉をひそめていたカイトだが、そのくちびるは徐々に綻び、撫でられるねこのように幸福な顔で、がくぽの肩口へ額を擦りつかせた。