二時間だ。

たったの二時間。

お留守番の対価

「………っ」

帰って来てリビングに入ったがくぽは、その惨状に微妙に打ちのめされた。

散らかっている。

という言葉が、かわいらしくて頬ずりしたくなるほど、散らかっている。足の踏み場もないという言葉の、正しい再現だ。

ティッシュはもれなくすべて箱から引き出され、引きちぎられた新聞紙が部屋のいたるところに散乱している。

置物は倒されるか落とされるかして、小物の類はすべて箱ごとひっくり返され、本は本棚から飛び出して適当なページを開いて展覧され、ソファカバーは引き剥がされ――

「がくぽ!!たいくつ!!」

「ああ……………」

散らかし主は、へそを曲げているとき特有のかん高い声を上げて、リビングの入口に立ち尽くすがくぽへと飛びかかってきた。

小さいとは言い切れない体を、しかしきちんと受け止めてやって、がくぽは深く反省する。

マスターとともに出かけること、二時間。

ロイド保護官であるマスターの仕事絡みだから、カイトを連れて行くのは止めようと、お留守番させた挙句がこのざまだ。

たかが二時間のお留守番だからなんとかなるだろうと思いきや、予想を遥かに上回るおいたっぷり。

こんなことなら、たかが二時間と侮らずに、本部にでも預けておけばよかった。

ロイド保護官の本部になら、どんなロイドでも扱いに長けた職員がたくさんいるし、なによりロイドに対して並々ならぬ愛情を持っている人の集まりだ。

きっとこういうカイトのことも、うまくあやしていてくれたに違いないのに。

いや、それどころかおそらく、この天然無邪気っぷりが果てしなく愛らしいと、神アイドル状態。

本部の狂奔ぶりが想像出来て、がくぽは少しだけ天を仰いだ。

「がくぽがくぽがくぽ!!」

「よしよし」

とりあえずは、今日の反省を活かすことだ。

次からは面倒がらずに、どんな短時間だろうがカイトを本部に預けることを決意し、がくぽは痛いくらいに組みついてくる体を、宥めるように叩いた。

本部に寄って書類を提出しているマスターは、帰りがもう少し遅い。そのマスターが帰ってくるまでに、この部屋の惨状をなんとか――まあ、完全に片づけることは無理でも、まし、なくらいにはしたい。

さもないと、マスターが男泣きする。主に、カイトを『寂しがらせた』ことを激しく悔いて。

仕事から疲れて帰って来て、さらに男泣きさせるのも気が引ける。こんなことで仕事への熱意を失われても困るし、ここは自分がなんとかがんばるしかない。

「カイト」

「たいくつたいくつたいくつ!!」

「…」

普段なら、散らかしたものは『お片付けごっこ』と称していっしょに片づけさせるのだが、今日はそのレベルを遥かに超えている。

しかもおそらく、ひとりで留守番などということをさせたがために、激しくへそを曲げてのこの行状だ。

ぎゅうぎゅうと痛いくらいに組みつくカイトを抱き上げて、がくぽは部屋を見回した。

へそを曲げたカイトを満足のいくように構いながら部屋を片付ける――のは、がくぽひとりでは無理だ。だからといってカイトを宥めていると、マスターが帰って来て男泣きする。

そうかと言ってカイトを宥めないと、片づける端から散らかされるだろう。

「………そうだな」

最近読み耽ったひ○こくらぶを思い出し、がくぽはカイトを抱えたまま、DVDラックへと向かった。こちらももれなく、中身が床に放り出されている。

しかしパッケージを開いて中身を取り出すことまではされておらず、どうにかすべて試聴可能そうだ。

床に散らばった雑多なものを眺め、がくぽは頷いた。

ちょうどいいものがある。お子様大好き、『機関車○ーマス』だ。

カイトは成人しているが、見た目だけの話だ。おそらく、○ーマスで釘付けに出来る。

「カイト、おもしろいものを観せてやるゆえ、いいこにソファに座れ」

「おもしろい?!」

「ああ」

顔を輝かせ、カイトはがくぽから離れてソファに座った。

がくぽはテレビを点けると、パッケージを開いた。一瞬だけ首を傾げて、しかしそのまま、DVDを取り出してデッキへと差しこむ。

「がくぽー」

「少し待て。おやつを取って来てやる」

「おやつ!!」

騙す言葉で、座って抱っこしろと強請るのを跳ね返し、がくぽはゴミ袋を取りに一旦リビングを出た。

ひ○こくらぶの情報では、アニメが始まれば子供は夢中になって見入るから、その間に溜まった家事が片づけられるという。

キッチンの収納に入れられたゴミ袋を取り出し、がくぽは考えこんだ。いちばん大きいものでも、一袋で済む気がしない。

そのときだ。

「ひぁあああああああああああ!!」

「カイト?!」

かん高い悲鳴が響き渡り、がくぽは驚いてリビングのほうへ顔を向けた。

どう聞いても、歓喜の悲鳴ではなかった。

「カイト、どうした?!」

まさか散らかしたソファの上に危険物でも置いてあって怪我をしたか、と自分の迂闊さを呪いつつ、がくぽはリビングに飛びこみ。

『ぁああんっぁあんっぁんあんっっwwwww』

「ひ、ひぃうううううっっ、ふえええっ、がく、が、がくぽぉおおおお!!」

「…」

ソファの上で、総毛立ったカイトが、ぐずぐずとしゃくり上げながらがくぽを呼ぶ。

呆然とテレビ画面を見つつ、がくぽはカイトの傍に行って、怯える体を抱きしめた。

『ぃやんっ、やぁあんっ、ぁあんっはげしいぃいいっっwwww』

テレビ画面の中では、裸体の女性が顔を歪めて叫んでいる。振り立てる腰には、男がもれなく。

そう、これは。

えろびだ…………………。

「………………………………おかしいと思った……………っっ」

震えるカイトを膝に乗せてソファに座り、がくぽはがっくり項垂れる。

おかしいと思ったのだ。

パッケージを開いたら、中に入っていたのは真っ白いDVDだった。普通、アニメDVDなら、中身にまでキャラクタやロゴが描かれている。

それが、なにも描いていない、真っ白。

どうやら、マスターの隠し子を見つけてしまったらしい。

男がよくやる手だ――一見無害そうなDVDのパッケージに、裏物を隠す。仕事場で受け渡ししても怪しまれないし、部屋に放り出しておいても、急なお客様にも慌てずに済む。

とはいえ。

「まったく………」

「ふ、ぅえ、ぐすっ。ひ、ひぅひぅっ」

「よしよし」

胸に擦りついて泣きじゃくるカイトの背を撫で、がくぽは反省した。

怪しいと思ったのだから、ちゃんと確認するべきだったのだ。

成人しているのは体だけだ。頭の中身お子様のカイトに、えろびは恐怖だったらしい。

「ぇ、えぅう、がく、がくぽっい、いぢめられ、おんなのこ、いぢめられっ」

「ああ、いや………」

どう説明したものかと、がくぽはちらりとテレビ画面を見た。

ちょっと見の感じでしかないが、どうやら和姦ものだ。強姦とか、痴漢ものではない。ロリ趣味でもなく、まあ、分類するなら、巨乳系。

どちらかといえばノーマルな嗜好で、少しだけ安堵する。

マスターとそういった話はしないが、その分、こういうところでアブノーマルな性癖が発覚すると、微妙にいたたまれない。

「カイト、あれは虐めているのではない。女のひとは気持ち良がっているのだ」

「い、いぢめじゃ、な………でも、でもでも、ひめい、ひめいあげてっ」

「いや、悲鳴のように聞こえるかもしれぬが、あれは嬌声と言って……気持ち良過ぎると、悲鳴のような声を上げるのだ」

「き、きもち、い…………?」

カイトは恐る恐ると振り返り、びくりと背筋を強張らせた。

画面の中では、べろんべろんと舌を激しく絡ませて、ディープキスの最中だ。

「……っ」

「よしよし」

ぎゅう、としがみついてきたカイトの背を宥めるように撫で、がくぽはリモコンを探した。

いつまでも流している必要もない。カイトが怯えている以上、早々に画面を消すべきだ。

しかし床に放り出されたリモコンを見て、がくぽは眉間に手をやることになった。

ご丁寧に、電池が抜かれて放り出されている。電池がどこに行ったかはわからない。おそらくどこかに埋もれてはいるだろうが。

やることにブレも手抜きもない。こうなるともういっそ、才能として感心する。

仕方ないので直接デッキに止めに行こうとして、がくぽはカイトに強く引っ張られた。

「あれもあれも、きもちい、のキス、口の中べろべろ、きもちい、の?」

「あー……」

ここは主張を一貫させておくべきところだ。少しでも揺らぐと、カイトが悪戯に混乱する。

「ああ。気持ちいい」

頷いたがくぽの着物を、カイトは強く引っ張った。

「じゃあやる!」

「は?」

「がくぽとやるべろべろのキス、やる!!」

「は………?!」

呆然としたがくぽに、カイトは涙に潤む瞳を向ける。

「きもちい、なら、やる!」

「…」

強情に言い張るカイトに、がくぽは少しだけ考えた。

主張は一貫させないと子供の心身の発育に悪いと、ひ○こくらぶに書いてあった。

「わかった」

頷いて座り直すと、がくぽはカイトの後頭部に手を回した。

ぐす、と洟を啜る顔に近づいて、くちびるを軽く食む。

「口を開け」

「ん……」

素直に開く口に、舌を差しこむ。やわらかに歯列をなぞり、戦慄いて逃げを打つ舌を追った。

「んん…………ん………っ」

震えて逃げかけていた体が、徐々にやわらかに崩れて、がくぽへと縋りついてくる。それだけで答えはわかったが、がくぽはわずかにくちびるを離すと、とろんと蕩けた瞳のカイトを見つめた。

「気持ち良いか?」

訊くと、ぶるりと震えた。縋りつく手が強くなって、離れたくちびるを追ってくる。

「きもちい……………もっと………っ」

「ああ」

頷くと、がくぽはカイトへとくちびるを寄せた。崩れて起き上がっていられない体をソファへと押し倒し、さらに深く舌を差しこむ。

「ぁ………っくぽぉ…………っ」

わずかに離れた瞬間に、格段に甘くなった声が名前を呼ぶ。がくぽは縋りつくカイトの体を掴み、

「よし、がくぽせk」

皆まで言われる前に、がくぽはソファから身を起こして、戸口に立つマスターを睨んだ。

ソファの前の床を、びしりと指差す。

「マスター、説教だ。そこへ座れ」

「まさかの俺?!」

驚愕して叫びながら、マスターは示されるままに、散らかったリビングに入って、ソファの前に正座した。

とろんと蕩けたカイトの体を抱き起こして膝に乗せ直し、がくぽはきりりとマスターを睨む。

「いいか、マスター。マスターも成人した男だ。裏物を観るな所持するなとは言わぬ。言わぬが、隠し場所はもっと考えろ。『機関車○ーマス』やら子供向けのものの中に隠せば、今日のようにカイトが誤って観てしまうことがあるのだぞ。ひとりのときにそんなことがあってみろ。虐待だ」

「『機関車○ーマス』?!そりゃだめだ、いかんわ!!」

叫んでから、マスターははたと気がついた顔で首を傾げた。

「いや待てがくぽ。『機関車○ーマス』の中になんて隠さないぞ、俺は。カイトが嫌いなものならわかっているからな。隠し場所は『暗○の娘たち』とか、『ハ○ガー』とか、ホラーものだ」

「……………だが」

結局、隠し子はいるらしい。

要らない情報も込みだったが、意外な言葉に、がくぽは瞳を揺らした。

そうは言っても、がくぽが開いたのは確かに『機関車○ーマス』だ。

マスターは眉をひそめて、断固として主張した。

「俺じゃない」

「では、だれが」

問いに、マスターは軽く首を捻った。

「俺じゃない、カイトでもないとすれば、あとはがくぽだけだろう」

「俺か」

「そうだな」

「そうか、俺か………」

がくぽは悄然と項垂れて、くったりしているカイトを抱きしめた。

しばらく沈黙に耐えていたマスターだが、浮上する兆しのないがくぽに、大きくため息をついた。

「がくぽ。がくぽがくぽがくぽ。おまえな、身に覚えのない罪を着せられたら、抗議しなさい。もうちょっと、自分に自信を持ちなさい。たとえマスター相手であっても、間違っていることは間違っていると主張する」

「…」

翳る瞳で見つめるがくぽに、マスターは再びため息をつき、背後で流しっぱなしの濡れ場を観た。

しばらく鑑賞して、頷く。

「こりゃ、あれだ。鋺-かなまり-だ。そもそもがうちにはない○ーマスって時点で、ほかから持ちこまれた感が芬々だが、こういう悪戯をするとなれば、鋺しかいない。しかも女優が、アレの好みだ」

「かなまり?」

がくぽの肩に懐いていたカイトが、小さく訊く。がくぽは頷いた。

「マスターのイロだ」

「いろ?」

「違う」

がくぽの言葉に苦々しく返し、マスターは手を伸ばすとデッキから直接、DVDを止めた。

「義弟だ。元妻の弟ってだけの関係だ」

「おとうと…つま………?」

カイトは小さくくり返す。がくぽはそのカイトを撫でながら、断固として言い張った。

「イロだ」

「違うって言ってるだろうが。なんでいきなりそんな、断固と主張し出す」

不機嫌に睨まれても、がくぽは怯まなかった。

「間違っていると思ったら、マスター相手でもきちんと主張しろと言った」

「ここに来ての学習速度!!」

戦慄して叫び、マスターは天を仰いだ。

主張は一貫させなければいけない。ここで、それも時と場合による、とか言いだすと、ロイドは混乱するだけだ。

その、時と場合の学習が、結局人間の気分次第だからだ。

どう返せばいいか悩むマスターが沈黙している間に、カイトはがくぽの顎を撫でた。

「がくぽ………」

「…」

声が蕩けるように甘い。濡れて滴るような感がある。

見つめるがくぽに、カイトは潤む瞳を向けた。

「さっきの、もっと………………」

強請られて、がくぽは束の間考えた。しかし答えは決まっているような気もしている。

「がくぽ」

「ああ」

強請られるままに、がくぽはカイトへと顔を寄せ、舌を伸ばした。