リビングのソファ――の、いつもの通り、がくぽの膝の上。
ちょんまり抱えられて、テレビのバラエティ番組を笑いながら見ていたカイトは、唐突にがくぽを振り返った。
「ねえ、がくぽって、俺のこと、スキなの?」
スキって言えやコラ
「?!」
脈絡がないこと、甚だしい。テレビで恋愛の話が出ていたならともかく、話題になっていたのは、最新の家電事情だ。
花色の瞳を見張って固まるがくぽに、カイトは無邪気に首を傾げる。
「キスするよね。えっちもするでしょ?それって、俺のことがスキだから、するの?」
「…!!」
重ねられる問いに、がくぽはさらに瞳を見張る。
カイトはがくぽの首に腕を回し、その瞳を覗きこんだ。
「がくぽ、がくぽは俺のこと、スキなの?」
「うん、カイトー」
ソファに背を預け、床に座っていっしょにテレビを観ていたマスターが、頭痛を堪える顔で振り向く。
呼ばれて素直に顔を向けたカイトに、ため息をついた。
「そのいっちばん肝心なとこを確認しないまんま、今日まで来ていたのかと思うと、マスターは涙目なんだが」
「むつかしい!わかんない、マスター!!」
「うん、そうだな!つまりな」
顔をしかめるカイトに、マスターはぼりぼりと頭を掻いた。情けなく、カイトを見上げる。
「カイトはどうなんだ?がくぽのこと好きだから、キスしたり、えっちしたりするのか?」
「もち!!」
問いには、即答が返る。
相変わらずがくぽの膝の上で、首に腕を回したまま、カイトは自信満々に胸を張った。
「がくぽのことスキだから、べろべろのキスするし、舐められても、突っこまれても、ゆるすんだよ」
「ん、そうか」
カイトの言葉に、マスターは真顔になった。
ソファにきちんと体を向け直すと、きっちりと正座して、カイトと真正面から向き合う。
「その『好き』は、マスターとか、ほかのひとへの『好き』とは、違う『好き』なんだな?」
「もち!!」
カイトはきっぱりと頷く。がくぽの首に回した腕に、わずかに力が篭もった。
「マスターのことはスキだけど、キスしないし、えっちもだめ!してもいーのは、がくぽだけなんだよ!」
言って、べろりと舌を出す。
「舐めてあげていーのも、がくぽだけ。おなかに出していーのも、がくぽだけ。ぜんぶ、ぜんぶゆるすのは、がくぽだけ。がくぽだけ、トクベツのスキなんだよ!」
「うん、カイト」
厳しかった表情を緩めたマスターが、腰を浮かせて手を伸ばす。わしわしと荒っぽく、カイトの頭を撫でた。
「ありがとうな。がくぽのこと、特別に好きになってくれて」
マスターの言葉に、カイトは眉をひそめる。
「なんで『ありがとう』?」
訊かれて、マスターは笑った。さらにわしわしと、カイトの頭を撫でる。
「俺にとって、がくぽはかわいい息子みたいなもんだからな。そうやって、特別に好きになってもらえると、うれしいんだ」
「ふうん?」
納得いかなそうなカイトに、マスターは瞳を細める。
マスターは床に座り直すと、真摯にカイトを見つめた。
「それでな、カイト――好きなら、がくぽにもうちっとだけ、時間をやってくれないか?」
「じかん?」
訝しげに眉をひそめるカイトに、マスターはぴ、と立てた人差し指で、がくぽを指差した。
「……………………オーバーフローで、意識飛ばしてる。『好き』って言うのは、まだ大変みたいだ」
「え?」
カイトはきょとんとして、改めてがくぽを見た。
花色の瞳は瞼に隠され、体はぐったりとソファに凭れている。
「え?…………え?」
カイトはぱしぱしと、瞳を瞬かせた。
***
カイトが買い物袋から茄子を取り出し、冷蔵庫の前にいるがくぽに渡す。
渡されたがくぽが、それを冷蔵庫にしまう。非効率的だが、『お手伝いしたい年頃』のカイトのための、やり方だ。
カイトは茄子をがくぽに渡すと、ぱちりと瞳を瞬かせる。
「がくぽ、がくぽって、ナス好き?」
「ああ、好きだ」
「じゃ、トマトは?」
プチトマトのパックを渡して訊くカイトに、がくぽは冷蔵庫にスペースを探しながら、頷く。
「好きだ」
「にんじん」
「好きだな」
「ピーマン」
「好きだ」
ひとつひとつ渡されながら、逐一確認される。
面倒がることもなく、がくぽは冷蔵庫に向かいながら、すべてにきちんと答えてやった。
「スキキライないんだ?」
「………まあな。特段、ないな」
実際のところは、苦手なものもあるし、あまり食べたくないものもある。
しかし愛読しているひ○こくらぶの情報によれば、子供に好き嫌いなく、なんでも食べさせようと思ったなら、まずは親が手本を示すことだという。
カイトには偏見なく、いろんなものを食べて欲しいと思うから、がくぽは素知らぬ顔でそう答える。
カイトはきょとりと首を傾げた。
「じゃあ、俺は?」
「?!」
さらりと差し挟まれた問いに、がくぽは冷蔵庫に頭をぶつけた。その顔がみるみるうちに赤く染まり、くちびるが空転する。
無邪気な顔で見つめるカイトに、がくぽはくちびるを空転させたまま、無意味に時間を潰し――
「っ、っっ」
「ひゃは!!」
ひっくり返りそうになったところで、カイトが明るい笑い声を上げた。
目的の言葉が聞けないというのに、ひどくうれしそうだ。
「がくぽ、ダイスキだよっ♪」
「っ!」
明るく告げると、伸び上がり、空転するがくぽのくちびるに、ちゅっと音を立ててキスをする。
「ひゃっは!!」
そして、固まったまま応じられないがくぽを置いて、上機嫌に跳ねながら、キッチンから出て行った。
「……っ、………っっ」
残されたがくぽは、情けない顔で頭を抱える――
***
夜の絵本読みも終わり、マスターも引き上げて、ひとつ布団の中で、恒例のキス。
ちゅ、と合わさったくちびるがさらに深く潜る前に、カイトが笑った。
「ね、がくぽ。がくぽ、俺とキスするの、好き?」
「ああ」
いつもよりわずかに甘みを帯びた問いに、がくぽは頷く。
「好きだ」
「ん……っ」
答えながらパジャマの上から、体を撫でる。カイトは鼻声を上げ、がくぽに微笑みかけた。
「……俺の体さわるのは?好き?」
「好きだ」
答えながら、下半身へと辿る。触れられてというより、記憶による期待で熱くなり出しているものを撫でると、カイトは素直にがくぽに擦りついた。
「………俺の、舐めるのは?好き?」
「ん?………好きだ」
答えてから、無邪気さより艶っぽさを増した顔を覗き込む。
「舐めて欲しいか?」
「………俺に突っこむのは?好き?」
「………好きだ」
うっすらと嫌な予感を覚え出したがくぽに、カイトはにっこりと笑った。
「じゃあ、俺のことは?好き?」
「っっ」
ぴたっと口も手も止まったがくぽを、カイトはじっと見つめる。
がくぽは懸命に思考を振り回し、くちびるを開いて閉じて、――
「ダイスキだよ、がくぽ♪」
「っっ」
駆動系が灼き切れる寸前で、笑ったカイトが、がくぽのくちびるにキスをする。
体の自由を失っているがくぽを布団に仰向けに転がすと、その腰にまたがった。
悪戯っ子の顔で、うれしそうに笑う。
「よっし!きょぉは俺がうえね!がくぽ、おひざだっこで、俺のこと突いてねっ♪」
***
外は晴天だったが、リビングはどんよりと曇り模様だった。
ソファに座って頭を抱えているがくぽに、マスターはやれやれと肩を落とす。
空気を読まないこと、勇者を超えて神レベルに達しているカイトに、顔を向けた。
ちなみに神カイトは現在、『羊の○ョーン』に夢中だ。いつものがくぽの膝の上ではなく、テレビに齧りつきとなっている。
「あのな、カイト」
「ん!」
言っても無駄だろうな、と思いつつ、マスターは一応、声を掛ける。
「がくぽのこと、もうちょっとだけ、加減してやってくれないか?ええっと、焦る気持ちとか、苛々する気持ちとかは、わからないわけじゃないんだが………」
「んー?」
テレビ画面の中では、羊が歯を剥きだして笑っている。そっくりの顔でテレビに笑ってみせてから、カイトはマスターを振り返った。
「俺、おこってないよ?」
「………そうなのか?」
「ん。おこってないけどね」
言って、カイトはテレビから離れ、頭を抱えるがくぽの前ににじって行った。下からひょいと、がくぽを覗きこむ。
「がくぽ?がくぽ、これでさいご。ね?」
「カイト…………っ」
呻き声を上げるがくぽに、カイトは無邪気に瞳を瞬かせた。
「がくぽ、俺のこと、キライ?」
「き……っ?!!」
放たれた問いに、がくぽの声は引きつった。顔が悲痛に歪み、わなわなと震える。
「嫌いなわけがないだろう!!そんなこと、絶対に、決してあるものか!!おまえのことが嫌いだなどとっ」
肩を掴んで叫ばれ、カイトは無垢な瞳でがくぽを見つめる。
ちょこりと、首を傾げた。
「んじゃ、好き?」
訊かれて、がくぽは大きく頷いた。
「好きだ!当たり前だろう!!おまえのことが好きだ!!好きだから………っ」
「ひゃっはは!!」
笑ったカイトが、首を伸ばす。悲痛な表情のがくぽにキスして、その首ったまに抱きついた。
はっと我に返ったがくぽが、自分の発言に気がつく。
「あ………」
「いーこいーこ!」
「………」
いつもとはまったく逆に、頭をいい子と撫で回され、がくぽは微妙な表情になった。
微妙だが――
「言えた……………!」
ほっとして、カイトの肩に懐いた。
縋りつくように腕を回すがくぽに、カイトは楽しそうに笑う。
「がくぽ、俺のこと、スキ?」
「…っ」
訊かれて、がくぽのくちびるは空転した。
言葉がきちんと、出て来ない。さっき、言ったばかりの言葉なのに。
背中に回した手が爪を立てても、カイトは笑っていた。
強引に体を浮かせると、空転するがくぽのくちびるに、キスをする。
「いーよ、別に。スキっていえなくっても。だって、キライじゃないんでしょ?」
「好きだっ!!」
今度は、その言葉がすんなりと出てきた。
はっと瞳を見張るがくぽに、カイトは笑う。再びぎゅっと抱きついて、がくぽの頭を撫でた。
「俺も、がくぽ、だぁあいすきっ!!」
「……っ!」
がくぽは無言で、カイトを抱きしめ返す。
「いたいよ!」
力をこめ過ぎて抗議されても、がくぽはきつくきつく、カイトを抱きしめていた。
「…………………意外と策士なのか………?」
微妙に取り残されたマスターが、ぽつりとつぶやいて首を傾げた。