リビングのローテーブルに突っ伏しているカイに、傍に座っていたイトががばっと抱きついた。
よくあることだ。
今日がいつもと違ったとするなら――
「ひやぁんっ?!」
サクラ★スチールウール
「んわわっ、カイっ?!」
――抱きつかれたカイが、あからさまに尋常ではない悲鳴を、それもひどく甘ったるい、嬌声紛いの悲鳴を上げたことだ。
驚いて咄嗟に離れたイトに、我に返ったカイは慌てて向き直る。
常にない反応をされて目をまんまるくしている相方に、あぶおぶと手を振り回した。
「ぁ、あ、ちが、ちがうのっ。ごめ、ごめんね、いっちゃん?!いっちゃんがワルイんじゃなくて!」
「え、えと、カイ」
「ぼ、僕、今、きのーのがくぽのこと、思い出してたからっ!」
『昨日のがくぽ』のことを思い出していると、なぜ嬌声紛いの悲鳴を上げるのか。
おぶおぶわたわたと慌てながら説明するカイに、イトはきゅううっと顔をしかめた。
「も、もぉっ、ばかカイっ!!」
うっすらと頬を染めて、カイを詰る。
「お、おれ今、やっと落ち着いたとこだったのにっ!また、思い出しちゃったじゃんか!」
「え、え、え………っ」
うっすら染まっていた頬を、徐々に徐々に真っ赤に熟れさせて、イトは喚く。
詰られて、カイはさらにおぶおぶと手を振り回した。
「ご、ごめ、ごめんね?えと、ごめん?ね?」
「もぉお、ばかばかばかばかばかカイぃ………っぅううっ!」
「い、いっちゃん、落ち着こ?!ほら、手のひらに『ひと』の字書いて」
「『ひと』って、どういう字!!」
「えええっ、…………えええっと、え?!ど、どういう字だっけ?!」
――二人とも、『昨日のがくぽ』に動揺著しいことだけは、確かなようだ。
ぽわぽわぽわわんと、頬のみならずうなじから全身まで赤くしたカイとイトは、向き合うと互いの手をきゅううっと握った。
「き、きのーのがくぽっ、す、すごかったよねっ」
「す、すごいくないっ。え、えっちって言うんだよ、カイっ!すけべじゃんっ、ただのっ!」
「だってだってだって、かっこよかったもん~~~っ。えっちでもすけべでも、かっこよかったもん~~~っっ」
「か、かっこいくないったら!か、神威がくぽ、フケツっ!!あんなん知ってるとか、フケツっっ!!」
「いっちゃんんん、素直になりなよぉ!」
ぎゅううっと手を握り合ったまま、カイとイトはきゃわきゃわと喚きたてる。まさに女子高生がノリのごとき。
少なくとも、成人した男性のノリではない――そうやっていて違和感はないのだが、それもそれでどうだという話もある。
カイはイトの額にこっつんこと額をぶつけ、うるるんと潤む瞳で覗きこんだ。相方の瞳ももれなく、うるるんと熱っぽく潤んでいる。
「ね、いっちゃん………」
「や、やだやだやだやだ………神威がくぽ、カラダもオトナでやることもオトナで、もぉ、きゅぅんきゅぅんになって」
「ちょっとゴーインで、いぢわるで、でもすっごくやさしくって………」
言い合ったカイとイトの表情が、ほわわんと蕩けた。
「「思い出すだけで、また蕩けちゃぅううっ!!」」
きゃーーーーーーっっ☆
――というノリが、まんま女子高生だ。洒落にならないレベルで。
「…………まあなんというか、総体的には、和みますね」
「…………」
和むのか。
リビングの片隅で、椅子に座って茫洋とカイとイトを眺めていたがくぽは、背後からの言葉にわずかに眉をひそめた。
がくぽのマスター:ミトトシだ。
ロイド保護官であるミトトシにとって、はしゃぐロイドはご馳走。特に、無邪気な天然さんのKAITOシリーズは、業界ではご褒美。
とはいえしかし、『ロイド保護官』だ。
和むと評しはしたが、ミトトシは座るがくぽの肩をやわらかに掴んだ。
「で、がくぽ。私のかわいいサムライマン?おまえ昨日、カイとイトになにをしたんです。預かりものだとか、居候だとか、この際そんなことは問題ではありません。あの幼気で無邪気で愛らしい二人が、『えっち』だなんて単語を連発するような、いったいナニをしたんです?」
「…………っ」
「ちょっとマスターと膝を突き合わせて、詳細を語りなさい」
「……っっ」
肩を掴む手はやわらかく、痛みもない。振り払おうと思えば、すぐにもできる。
ミトトシの声もやさしく、怒り心頭に発しているわけでもない。
それでもがくぽはびしりと背筋を伸ばして固まり、高速で思考を空転させた。
なにをしたと言って、ナニを。
もちろん、ナニを――いやいや、ナニまで。
「がくぽ?」
促すミトトシに、がくぽは背筋をぴしっと伸ばした姿勢のまま、片手を宣誓の形に挙げた。
「も……………」
喘ぎ喘ぎ口を開いてから、一度こくりと唾液を飲みこむ。
目の前では、カイとイトが未だにきゃわきゃわと『昨日のがくぽ』について語っている。
愛らしい。
がくぽはミトトシを振り返ることもなく、言葉を絞り出した。
「黙秘権を、行使するっ!!」