「カイ、イト、いる………」
リビングに入ったがくぽは、軽く瞳を見張った。
いつも二人いっしょに行動しているカイとイトだというのに、今日は片割れしかいない。
もう片方はどうしたと訊こうとしたがくぽに、リビングの床にへちゃんと座り込んでいた相手は、にっこりと笑った。
「ぁ、がくぽー」
クリスピーサンドフリスビー
「………」
満面の笑みで甘く呼ばれ、手を差し伸べられる。
そうまでされて、がくぽは渋面になった。眉間に軽く手を当ててから首を振り、すたすたと近づく。
目の前に行くと、手を差し伸べる相手の両耳をぎゅっとつまみ、軽く引っ張り上げた。
「イト。そういう悪戯をするな」
「んっ、や、いたっ、いたいっ!いたい、神威がくぽっ!!」
――がくぽを『がくぽ』と呼ぶのは、ここに不在の片割れ、カイのほうだ。イトは『神威がくぽ』と、非常に偉そうな態度でフルネーム呼びする。
確かに服装にも髪型にも特段の変化をつけていない二人だから、ちょっと話し方や呼び方を変えれば、瞬間的には相方に成りすますこともできる。
が。
「も、もぉっ!らんぼーだなっ、神威がくぽっ!ちょっとしたお茶目じゃんかっ!」
解放された耳を撫でつつ、イトは涙目でがくぽを睨み上げる。
悪びれることもない相手に、がくぽは眉をひそめた。
「イト。カイはどうした?」
「んぇ」
「えー?僕がなにー?」
「………」
がくぽが今、入ってきたところから、カイがのんびりとした声を上げて入ってきた。手にはお盆を持っているから、おそらくおやつを取りに、キッチンにでも行っていたのだろう。
いくらカイとイトの二人で行動することが常とはいえ、その程度の別行動はする。
「ちょーどよかった、がくぽ。今ね、おやつの用意できたから、呼びに行こうと………あれ?」
「もー、なんだよ、神威がくぽっ!シツレイっ!!シツレイだぞ、おれにっ!!」
まずはカイの手からお盆を取り上げたがくぽは、それをローテーブルに置いた。そのうえで、カイのことをぎゅうっと抱きしめる。
イトの悪戯を知らないカイは、どうしてがくぽが急に甘えてきたのか、わからない。
背中に腕を回して抱き返しつつも、不思議そうにイトへ視線を投げる。
イトのほうはがくぽに向かってべーっと舌を出していて、こちらもこちらで、わけがわからない。
「えと、いっちゃ………がくぽ」
ケンカでもしたの?
穏やかな顔を心配に曇らせるカイから、がくぽは微笑んで離れた。
「ん………」
ちゅっとカイのくちびるにキスすると、子供っぽく膨れて拗ねるイトの傍へ行く。
「んなに、んっ?!」
警戒して体を固められても構わず、がくぽはイトをぎゅっと抱きしめた。驚きにさらに強張った背をぽんぽんと叩いて、耳朶に笑い声を吹き込む。
「あまり、虐めないでくれ。カイはカイだから、いいのだ。そしてお主はお主だから、いい。………わかるか?」
「んー………」
笑い声だが、ずいぶん力ない。
顔は見えないものの、もしかしたらへこんだ、情けない表情をしているのかもしれないと、イトは考えた。
ちょっとした、お茶目だったというのに――
「よくわかんないけど、……いっちゃん、がくぽいぢめたの?」
「いぢめてない!遊んだだけっ!」
相方の問いに反省皆無で返しつつ、イトはがくぽにこてんと頭を凭せ掛けた。背中に腕を回し、あやすようにぽんぽんと、叩いてやる。
「もー、しょーがないなっ、神威がくぽはっ。甘えんぼで、さびしんぼの、困ったさんでっ。しかもがっちがちのイシアタマで、ウカツに遊べもしないのかっ」
腐しながら、声は甘くやわらかい。
がくぽの背中をぽんぽんとあやし叩きつつ、イトは笑った。
「イシアタマってか、意外にセンサイで、神経ほっそいんだよな、神威がくぽは。しょーがないから、おれが気を遣ってやる」
「んー。やっぱり、よくわかんない。でも、ごめんね、がくぽ?だいじょーぶ?」
どこまでも偉そうな相方に、カイのほうは苦笑しながらがくぽの背を撫でて、謝る。
がくぽは笑って顔を上げ、イトを抱きしめたまま、カイを振り返った。
「一寸した悪戯だ。かわいらしい、他愛もない――。もう、大丈夫だ」
「ん、そーなの?でも、ごめんね?」
「もーっっ」
笑うがくぽの頭を撫でつつ謝るカイに、イトはくるりと瞳を回した。
べっと舌を出してから、垂れるがくぽの髪を掴んで自分へと向かせると、ごつんと額を合わせる。
「った!」
「カイに謝らせるな、神威がくぽっ。おれが悪かったったら!ごめ、んっ」
仕方ないと謝罪をこぼそうとしたイトのくちびるを、がくぽは軽いキスで塞ぐ。
離れると体を反して座り、イトを傍らに置いて、カイを手招いた。
「おやつだろう?来い」
「ん、ぅんっ」
招かれて、カイは満面の笑みでがくぽの隣に座る。
がくぽを挟んで座ったカイとイトは乗り上がるほどに体を寄せると、がくぽのくちびるにちゅっちゅとキスをした。
「「いただきます」」
うっとりと見つめつつ言うカイとイトに、がくぽは苦笑し、二人の後頭部を撫でた。交互にちゅっちゅとキスを落としつつ、舌を伸ばしてくちびるを舐める。
「いただきます」
――がくぽの『挨拶』は、意味が変わってもおかしくない響きと熱を持っていた。