「えーっ!ちがうよ、どうして、いっちゃん?!」
「なに言ってんの、ちがうのはカイだってば!」
「ちがうよぉ、いっちゃんだよお!いくら僕だって、それくらいわかるもん!」
「カイだってば!おれだって、これくらいのことはわかるっ!!」
「ちがうったら!」
「ちがうのーーーっっ!!」
Mr.Mistyのミステイク・ミステリ-前編-
リビングにきゃんきゃんと響き渡る声に、がくぽは首を傾げた。
珍しい。
いつもいつも騒がしいカイとイトとはいえ、基本的には仲がいい。騒がしいのははしゃいでいるからで、口論で叫び合うことなど、これまでなかった。
「どうした、カイ、イト」
リビングの床にべたっと座り、そっくり同じ顔を向き合わせているカイとイトは、仲裁に入ったがくぽをきっと睨み上げた。
一瞬たじろぎかけたがくぽだが、顔には出さない。
努めて穏やかに微笑むと、向き合う二人の間に入るように、胡坐を掻いて座った。
「なにを揉めている?俺で良ければ、聞かせてもらえんか?」
「んーっ」
「ぅーっ」
殊更にやわらかく訊いたがくぽに、カイとイトはぷくんと膨れた顔を見合わせた。
ケンカ中だ。おそらく。
しかしお互いに言葉もなく、以心伝心するとこくんと頷いて、がくぽの膝に体を乗り上げてきた。
「たぶん、がくぽのほうが正しいもんね!」
「そーだよな!こーいうときは、神威がくぽを頼るに限る!」
「よしよし」
頼みとしてくれたことを素直に歓んで笑い、がくぽは膨れたままのカイとイトの頭を撫でた。
「で?なにが問題だ?」
「んっ、えっとねっ!右は東で、左は西でしょ?」
「………あ?」
唐突なカイのしゃべりだしに、がくぽはいやんな予感を覚えた。
前提条件が、入っていない。とにもかくにも、右は東で西は左だと言っているように聞こえる。
他の相手であれば、言うまでもないことだから前提条件を省いているのだろうと、がくぽも判断する。
他の相手であれば、だ。
表情を消したがくぽに構うことなく、イトはびしっと『右』を指差した。
「だからさ、おれはこっちが右なんだから、こっちが東だって言ったの!」
「ちがうもーーーんっっ!右はこっちなんだから、こっちが東なんだもんっっ!!」
対抗して、いつもはイトの言うがまま、おとなしく聞いているカイが『右』を指差して叫ぶ。
イトが差した方向とは、真逆だ。
「なんで逆なんだよ、カイ?!そっち左だぞ!!おっかしいよ!」
「おかしーのは、いっちゃんだもん!逆なの、いっちゃんだもん!!」
「カイだってばっ!!」
びしびしと反対方向を指差して叫び合うカイとイトに、がくぽの表情が微妙な感じに緩んだ。
「ふっ…………ふふふ…………っ……期待を裏切らぬ、天辺おばかちゃんたちめが…………」
自覚していないが、がくぽはおばかさんがアレ的に大好きだった。見ていると、体の某所がきゅんきゅんにときめいて仕様がない。
もはや、いっしょになって叫びだしたいほどにときめきながらも自覚はなく、がくぽは一度、瞼を下ろした。
カイとイトは、向かい合わせに座っている。
「なんで逆なんだよ、カイーーーーーーっっ!!」
「いっちゃんこそ、なんで逆なのーーーーーっっ!!」
一向に折れることなく叫び合うカイとイトに、瞳を開いたがくぽは手を伸ばした。がっしりと、頭を掴む。
「よしよし、いい子に俺の話を聞け、カイ、イト」
「んやっ、いたあっ、がくぽっ!!」
「頭掴むな、神威がくぽーっ!!」
「うんうん、すまんすまん」
強制的に首を曲げられたカイとイトが抗議するのに、がくぽはあっさりと手を離した。
そのうえで、にこやかに笑う。
「いいか、二人とも。右が東で、西が左ではない。左が東で、右が西だ」
「えっ?!」
「うそっ?!」
ぱっかんと口と瞳を丸くするカイとイトに、がくぽは最上級のにこやか笑顔のまま、びしっと『右』を指差した。
「そして、右はこちらだ!!」