「ん」
「…?」
ふいに、カイトがじっと瞳を覗きこんで来た。
並んで廊下を歩いていただけだ。話は他愛もなく、そんなふうに覗きこまれる理由も脈絡もない。
くくりくび
なんだと思って見返したがくぽに、カイトはひょいと首を傾げた。
「がくぽ、首……」
「なんだ」
カイトは自分の首を、指でぐるりと半周、辿ってみせる。辿ると言っても、カイトはがくぽとは違う。きちんと襟もネクタイも締めているから、露出部分はほんのわずかだ。
ちなみにがくぽは襟は胸元まで開き、ネクタイに至っては、申し訳程度に引っかかっているだけだ。
カイトのジェスチュアの意味がわからず、がくぽは顔をしかめて見下ろした。
「んー」
「だから、なんだ」
再度訊き返すと、カイトは再び首を傾げる。言葉でなく、とんとん、と自分の首を指で叩いた。
しぐさをひとつひとつ見ていても、カイトがなにを言いたいのかがわからない。
わずかに苛立って瞳を尖らせるがくぽに、カイトはこくんと頷いた。
首を撫でていた指が伸びて来て、反射でびくりと竦んだがくぽの眉間を、ぐりぐりと揉んだ。
「過剰反応」
「な………?!」
言葉はやはり、意味不明だ。しかし続いた言葉に、がくぽはあからさまに強張った。
「がくぽ、君、首だめなんだね。じゃあ、しょーがないか」
「………っっ」
あっさり言ったカイトは、引っかかっているだけのがくぽのネクタイを軽く引っ張った。
「っ」
息を飲んで竦んだがくぽに、カイトはいたずらっぽく瞳を輝かせる。
「だから、過剰反応。俺が自分の首触るのまで、すっごい顔で見てる」
「……」
顔をしかめて、がくぽはそっぽを向いた。
――どちらかといえば致命的な弱点だから、バレないようにバレないようにと、注意深く振る舞ってきたはずなのに。
「…………………なぜ、わかった」
苦々しい声音で訊いたがくぽに、カイトはあっさりと笑う。
「癖かな。ひとでも自分でも、首を触るときだけ、一瞬、眉をひそめる。がくぽが自分の首を触られてるならともかく、他人が自分の首を触ってるの見てるだけのときまで、そうだから。過剰反応だなーって、気になってた」
「…」
「一瞬だけどね」
瞳を見張るがくぽに安心させるように言い、カイトは歩き出す。
固まったまま動けないがくぽは、平素と変わらない背中を見つめた。
「どうして」
対象を限定しない、曖昧な問い。
振り返ったカイトは、笑って手を振った。
「見てるもん、がくぽのこと」