「あのっ、かいちょぉっ」
「ん?」
渡り廊下の途中で声を掛けられて、カイトは笑顔で振り返った。
その笑顔を崩すことはないまま、さっと素早く踵を返しかけたがくぽの髪を、すかさず引っ掴む。
アマデウス、斯く求めたり
「いっっ」
「どこ行こうっての、神威がくぽくん?逃がさないよ?おとなしくしてなさい」
思いきり首が仰け反って悲鳴を上げたがくぽに、カイトはあくまでも笑顔のまま言って、瞳を見張る生徒へと向き直る。
「ごめんね、なぁに?」
「あ、あの……」
やさしく促され、目の前に立った生徒は赤くなって俯いた。もじもじと手を擦り合わせる。
「ふ、ふたりっきりに、なるわけには………」
「あ、ごめん、それ無理」
おずおずと強請られて、カイトは笑顔のまま、きっぱり言い切った。頭が痛まないぎりぎりの距離まで離れて、不貞腐れた顔でそっぽを向いているがくぽの髪を、容赦なく引っ張る。
「おいっ、カイトっっ!!」
とうとう抗議の声を上げたがくぽの頭を胸に抱えこむと、カイトはくしゃくしゃと髪を掻き回した。
「俺今、この子の『しつけ』でいそがしーから。目ぇ離すとすぐに『おいた』しちゃうから、ちょっとも離れられないの。もーほんと、やんちゃで困る」
「おまえは、もっと言いようはないのか!!」
「じゃあ、『犬』の世話で忙しい」
「悪化しているぞ!」
「いいじゃない。ほんとのことでしょ?」
カイトは心底楽しそうに、胸の中で喚くがくぽの髪を掻き混ぜる。
それから、若干以上に足を引いた生徒に、にっこりと笑いかけた。
「それで、ご用事なぁに?」
「…………………おまえ、わざとだな」
引きつって去った生徒の背を見送り、ようやく解放されたがくぽが、痛む頭を撫でながらつぶやく。
カイトは肩を竦めた。
「がくぽがなんかヘンな気を使って、どっか行こうなんてするからでしょ?」
「俺のせいか?っ」
眉をひそめたがくぽの胸座を掴むと、カイトはぐい、と顔を寄せた。
「がくぽのせいでしょ?『俺の飼い主に近寄るな』くらいのことも言わずに、しっぽ巻いて逃げようとするから」
見据えられて、がくぽは束の間、その瞳が閃かせる光に見惚れた。
ややして胸座を掴む手を叩き落とし、そっぽを向く。
「どうしても犬扱いか」
「犬なら駄犬希望だね」
炯々と瞳を光らせたまま、カイトはくちびるだけ笑ませた。
「俺は『犬』に咬まれたいんだ、がくぽ。上に乗られたいの」
くちびるだけ笑ませて熱っぽく訴えるカイトに、がくぽは顔を歪めた。
今度はがくぽがカイトの胸座を掴み、引き寄せる。
「飼い主失格だな」
ささやくと、耳朶に咬みついた。