地べたに転がった体に、無造作に足を振り上げる。
「ぴぴぴー♪神威がくぽくん、そこまでー♪」
「………」
場違いも甚だしい明るい声での制止に、がくぽは思いきり鳩尾を抉ってやるつもりだった足を、おとなしく地面に戻した。
snap or smack
ため息を噛み殺し、心持ち制服を整える。
かなりの緊張と覚悟を持って、しかしそれを表情には出さずに振り返った。
「乱闘の現行犯♪タイホしちゃうぞ☆」
「……………楽しそうだな、おまえは………」
河原の土手の上でなにかのポーズを決めるカイトに、がくぽはがっくりと肩を落とした。
いきり立っていた心が、カイトを前にしたことで一瞬にして静まったのを、感じる。
がくぽは小さくため息をつくと、周囲に転がした『屍』を乗り越え、のっそりと土手を登った。にこにこ笑うカイトの前に立つ。
並んで立てば、カイトはがくぽより遥かに小さい。
しかしその威圧感は並々ならず、がくぽは不良学生の集団に囲まれたときよりもよほど、緊張していた。
「いつから見ていた?」
「最初っから☆………と言いたいとこだけど、『会長の犬が暴れてます。保健所に捕獲される前に、飼い主として責任持って、引き取ってください』って善意の通報があって、今駆けつけたとこ」
「………………………楽しそうだな…………」
にこにこにこにこ、あくまでも笑顔かつご機嫌な声のカイトに、がくぽは果てしなく項垂れた。
犬扱いに、今さらどうのこうのとは言わない。
『飼い主』の主張にも、否やはない。
ないが、笑顔。
渋面で、言葉も荒くきつく叱ってくれればまだいいのに、全開の笑顔。
恐過ぎる。
「もちろん、たのしーよ?」
表情には出さないままに戦々恐々とするがくぽに、カイトは瞳を光らせた。
「どう『お仕置き』してやろうかって考えると、ほんっと楽しい。がくぽは痛いのと苦しいのと辛いの、どれがいい?」
「…………」
その、曖昧模糊としながら究極の選択を、どうしろと。
がくぽは肩を竦め、カイトを見つめた。
「おまえの好きなものにしろ。なにを選んでどうされようが、抵抗はしない」
従順に答えたがくぽに、カイトはわずかに瞳を見張る。それから、ひどく艶やかに笑った。
「………抵抗しないんだ?あんなふうに、ちょっとでも絡まれたら即、叩きのめしちゃうくせに」
土手の下の『屍』を指してからかわれても、がくぽは怯みも躊躇いもしなかった。
真摯に、カイトを見つめる。
「おまえだけだ。俺になにをしても赦すのは。おまえがやることは、すべて受け入れる」
がくぽの答えにカイトは一瞬だけ、呆れたような顔になったが、すぐに甘く笑った。
「乱闘するなって言いつけは守らないくせに、こういうことだけ………。仕方ない子だね?そんなに『お仕置き』されたいんだったら、とっておきに痛くて苦しくて辛い思いさせてあげる………」
吐き出す声の甘さに、がくぽは静まった心が先とはまた別の意味で波立つのを感じた。