塞ぎたいくちびる

がくぽの持つシャーペンが、とん、と軽快にノートを叩く。

「…で、これで入射角が割り出せたことにより、AはBと等しい、と証明できたことになる。わかったか?」

ノートに書いた数式をペンでなぞっていったがくぽは、そこでようやく、隣に座るカイトの顔を見た。

いつもはほんわりと綻んでいる顔は、ノートを睨みつけて真剣に考えこんでいる。

きゅ、と寄せられた、眉。

わずかに尖った、くちびる。

――吸いつきたい。

思って、がくぽはため息を噛み殺した。

学校の、学習室だ。

生徒会の仕事も差し迫っていない、放課後――がくぽはカイトに強請られて、ついでに生徒会の面々に平伏のうえでお願いされて、赤点常習者に勉強を教え中だ。

特待生クラスの、その中でもさらにハイブレインが集まる生徒会役員の長であるカイトは、絶望的に成績が悪かった。

それでも人望があればこそ会長にまで選ばれたが、それはそれ、これはこれ。

学生の本分は勉強なので、無事に進級し、卒業するためにも、それなりの点数を取ってもらわねばならない。

そんなこんなで、二人で篭もった、学習室。

各ブースが衝立で仕切られたここは、テスト前ではないこともあって、生徒の姿はまばらだ。

それでも他人がいることに変わりはなく、そんなところで、生徒会長のくちびるを奪うわけにもいかないだろう。

なによりかによりカイトと自分は、そう気安くキスを交わす仲では、まったくなく。

「カイト?」

「わっかんない!」

「っ」

促して返って来た答えに、がくぽは机に突っ伏しそうになった。

これ以上なく懇切丁寧に噛み砕いて説明したというのに、この無情なお答え。

そもそも、説明するということが得意ではないがくぽだ――これ以上、なにをどう説明すればカイトが理解してくれるのか、皆目わからない。

「カイト、どこが…」

「なんでがくぽ、そんなにかっこいーのか、全っ然、わかんないっ」

「…あ?」

どこがわからない、と泣きそうな心地で訊こうとしたがくぽに、カイトはあくまでも真面目に吐き出した。

虚を突かれて固まるがくぽを見ることはないまま、カイトはノートにかりかりとシャーペンを走らせる。

「見た目も性格もオトコマエでさ、そんで強くって頭良くって、でも実はけっこーやさしくて甘やかしたがりで、なのにいー感じに甘えんぼで」

カイトのシャーペンが、たん、とノートを叩く。

「も、ほんっと、なんでそんなにかっこいーのか、考えても考えてもさっぱりわかんない!」

きっぱりと言い切って、カイトは問題を解いたノートを、がくぽにびしりと突きつけた。

「………」

瞳を見張って呆然と聞いていたがくぽは、ややして深いふかいため息をつき、赤ペンを手に取った。

突きつけられたノートに大きく書く、『×』。

「計算ミスしているぞ、カイト。一桁の掛け算でミスるな」

「あれ」

きょとんと瞳を見張ってから、カイトは慌てて問題を見返し始めた。

「まったく………」

その様を眺めながら、がくぽはもう一度、深いため息をこぼす。

もう、塞いでしまいたい――その、くちびる。